「自然分娩」は素晴らしい? 無痛分娩が主流の先進国も多いなか…日本での普及が進みづらい背景
パワハラ、体罰、過労自殺、サービス残業、組体操事故……。日本社会のあちこちで起きている時代錯誤な現象の“元凶”は、学校教育を通じて養われた「体育会系の精神」にあるのではないか――。
この連載では、日本とドイツにルーツを持つ作家が、日本社会の“負の連鎖”を断ち切るために「海外の視点からいま伝えたいこと」を語る。
第5回目は、根強い「自然分娩&母乳」支持に対する違和感がテーマだ。
※この記事は、ドイツ・ミュンヘン出身で、日本語とドイツ語を母国語とする作家、サンドラ・ヘフェリン氏の著作『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)より一部抜粋・構成しています。
「自然分娩」が正義?
ドイツを含め世界の先進国では出産の際「無痛分娩」が主流となっています。よく理由を聞かれるのですが、ズバリ「女性が痛い思いをしたくないから」です。
ところが、ニッポンではどうしたことか、「痛いから無痛分娩にして」と言えないような雰囲気があるのです。
知人女性のA子さんは妊娠する前から、「もし将来子どもを持つことがあったら無痛分娩」と決めていたそうです。ところが、このことを口にすると、家族はもとより知人、医療関係者等ほぼ全員から「やっぱり、自然な形で産んだほうが良い」「なんでもかんでも欧米と同じようにやるのは違う」「お腹を痛めて産んだわが子だからこそ、後に子どもをかわいいと思える」と、普段はリベラルだと思っていた人たちからも、まるで昭和の姑が口にするようなことを言われたのだそう。
ちなみに最後の「お腹を痛めて〜」は実の母親から言われたのだとか。
近年、日本国内で無痛分娩をした女性が死亡した事件が相次いだこともあり、世間では「やっぱり無痛分娩は危険なんだ」というイメージが固定化されてしまいました。
しかし、無痛分娩がそれほど危険なものなのであれば、欧米諸国の中で無痛分娩がとっくの昔に禁止されているはずです。しかし、そういった話はいっこうに聞こえてきません。
女にラクさせたくない
実は日本での無痛分娩にまつわる事故は、「医師が無痛分娩に慣れていないから、経験不足でミスが起きた」というのが現状です。知識や経験のない医師が慣れない無痛分娩を行ったことの結果です。
にもかかわらず、日本では、従来通り「無痛分娩は良くない」「無痛分娩は危険」だという声が主流だったりします。
そして、ここでもまた「根性論」がモノを言うのでした。それは「昔の人もそうやってきたのだし、子どもを産むのはそもそも痛いものなんだから我慢しろ」という前例主義を振りかざしたものです。
でも私は、ニッポンの世間がこれほどまでに無痛分娩に対して厳しい一番の理由は「女にラクさせたくない」からだと疑っています。
なぜなら、医療において「自然であること」がそんなに素晴らしいことであるならば、「虫歯の治療は麻酔なしで行われるべき」という声ももっと聞こえてきておかしくなさそうです。
ところが、このようなことを言ってしまうと、男性も麻酔なしで虫歯の治療を受けざるを得ないような状況になりますから、たとえ虫歯の麻酔で子どもが死んでも「歯医者での麻酔」が問題視されることはほぼありません。
一部の男性、そして女性も洗脳されてしまい、とにかく女にラクさせるのはけしからん、女にラクさせるとロクなことが起きないと、何かにつけ「女に苦労」を押し付けることは残念ながら令和になっても、ニッポン社会の現実だということは知っておいたほうが良いかもしれません。
また、「お腹を痛めて産んだわが子だからこそかわいがることができる」という発言も、残念ながらまだよく聞かれます。
しかしこの主張は矛盾しているのです。この論理でいくと、自分で出産も痛みも経験しない男性は、子どもを「ちゃんとかわいがることができない」ことになってしまいます。男性が親として除外されるのです。
男性の育児参加が謳われている今、「痛みを感じないと子どもをかわいがることができない」と発言することは間違っています。
それにしても、ニッポンの「自然分娩」は、「悪い前例主義」とともに「とにかく女性が苦労することは素晴らしいことだ」という前提のもとに成り立っていて、21世紀の先進国として本当に女性として「ギャー」と叫びたくなります。
負担を強いられる“本人”の声がかき消されている
産後の話に移りましょう。世の中には母乳が出やすい人と出にくい人がいます。さらに、ここからが重要なのですが、「母乳をあげたい人」「市販のベビーミルクをあげたい人」と、お母さんたちには様々な考え方があるはずです。
しかし、ここでもまた「子どものためには母乳が一番!」という声がニッポンでは何かと強いのです。とにかく母性がどうのこうのとやかましく、当事者である「お母さんの都合」などおかまいなしです。
念のために言うと、確かに母乳で育った子どものほうがアレルギーが出にくい研究結果があったりと、母乳の良さを実証しているデータも一部にあるものの、世の中「データが全て」ではありません。
市販のミルクでアレルギーなしで元気に育っている子も世界中にたくさんいます。何よりも気になるのは、この母乳問題は無痛分娩と同じく「負担を強いられるのは女性」なのに、女性の声が何かとかき消されていることです。
このようにニッポンの社会には「とにかく女性がラクすることを快く思わない」層がいるわけですが、よく考えてみれば、これにノセられる必要は全くありません。「知ったこっちゃない」と自分が好きなようになんでも選べば良いのです。
そこを堂々と「私はみんなと違うやり方を選ぶ!」と公言するか、それとも「何も言わず、でも実は好きなやり方を選ぶ」かは女性のキャラクター次第だと思いますし、どちらでも良いと思います。
大事なのは、「ニッポンの社会には女性に苦労させたがる闇がある」ということを自覚すること。そして、自分の選んだことについて周りからどんな「雑音」があろうと、それを無視する精神力を持つこと。そういう心構えがあれば、堂々と生きられるってもんです。
- この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
体育会系 日本を蝕む病
日本がクールであるために、海外の視点からいま伝えたいこと 「日本人の根性論なんて昔の話」は大間違い! パワハラ、体罰、過労自殺、サービス残業、組体操事故など至る所で時代錯誤な現象が後を絶たない。全ての元凶は、絶対的な上下関係に基づく不合理な「体育会系の精神」だと来日22年・日独ハーフのサンドラは見る。そのメンタリティは学校教育を通じて養われ、再生産され、この国の文化を形作る。実際に日本はダントツで外国人が働きたくない国であり、男女平等世界ランキングも下位に沈み、いま手を打たねば先進国から転げ落ちる。負の連鎖を断ち切るには、わが子の幼少期から「ブラック」に触れさせぬよう親が警戒すべし。解決策はシンプル、「頭のスイッチ」を切り替えるだけ!
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