“ほぼ業務に関係ない長電話”で残業代請求、会社は「人事評価下がる」と“待った”…裁判で従業員に軍配が上がった理由

林 孝匡

林 孝匡

“ほぼ業務に関係ない長電話”で残業代請求、会社は「人事評価下がる」と“待った”…裁判で従業員に軍配が上がった理由
別事業所の従業員と2時間30分ほど通話していたという(Fast&Slow / PIXTA)

「残業代を請求すると人事評価が下がるのでやめたほうがいい」

上司から部下へ【ピシャリとけん制】が入った。

裁判所は「この発言は違法」と判断。会社に対して慰謝料の支払いを命じた。(東京地裁 R5.12.15)

なぜ、上司がこのような発言をするに至ったのか――。

事件の経緯

■ 当事者
会社は、情報システムの設計、保守などを行っている。判決文には明記されていないが、Xさんはおそらく正社員とみられる。

■ 不満がつのる
ある支店に配属されたXさんは、支店長と部長に対して「高圧的である」「えこひいきをする」などの理由から不満を持つようになった。

しばらくすると、採用という忙しい業務を担当することとなったXさん。業務量は増え、残業することが多くなった。

■ メールで上司の悪口
こうして、Xさんの不満はどんどんたまっていったのだろう。元支店長とメールをやりとりする中で、▼現支店長や部長を蔑称で呼ぶ▼両名を非難したり、言動を揶揄(やゆ)するなどの悪口事件に発展した。

このやりとりに使われたのは、Xさんが会社から借りていた携帯電話で、しかもメールの送受信は勤務時間中にも行われていた。

■ 深夜の2時間TEL
ある日の夜、Xさんは仕事をしながら、別事業所の従業員と午後10時30分から翌午前1時ころまで、約2時間30分の通話をした。話題は業務外のことにまで及んでいたという。

そして、この時間分の残業代を請求したXさん。ここに会社が待ったをかけたのである。

■ 取締役と面談
悪口メールと残業代問題が会社の知るところとなり、取締役がXさんと3回面談を行った。

・1回目の面談
取締役はXさんに「覚悟してもらいたい、厳しい話になる」と切り出し、悪口メール問題について「会社にいなくてもいいんじゃねっていうレベルだよね」と発言。さらに残業代請求問題などをあげて「正直厳しいよ。かなり厳しい処分になると思う」と述べた。

Xさんは弁解したが、取締役は顛末書の提出を命じた。そしてXさんは「どんな処罰でも受けますので、どうぞ退職だけは」などと発言した。

・2回目の面談
取締役は、悪口メールの個々の文言の意味や、社長への悪口の有無などについて質問。Xさんは部長などへの不満を伝えた。

・3回目の面談
取締役は、悪口メールについて、誰かれ構わず上司の行動を揶揄しているように見える、Xさんが率先してメールを送っていると感じたため、Xさんに対して「もう会社を辞めたほうがいいんじゃない、と思ったのよ。もう無理だよコレじゃあ。だって結局、俺に対しても本当のことも言ってないもん」と発言。取締役は、自分のことも言われたと受け止めムカついたのだろう。

続けて「処分にしても減俸くらいってのもあったんだけど、でもこうなるともう、ちょっと厳しいよ。結構。これだけ状況が整ってきちゃうと、続けること自体が」と言い、退職勧奨を行った。

■ 減給処分
会社はXさんに対して「月額2万4200円を減額」する処分を出した。理由は「支店の業績不振(採用純減)等の評価」というものである(ちなみに裁判所は「この減給は違法。後付けの理由と見ざるを得ない」と判断している)。

■ 残業代を請求するなと?
ある日、部長がXさんに対して「残業代を請求するとあなたの人事評価が下がるのでやめたほうがいい」旨述べた。

■ けん責処分
その後、会社はXさんにけん責処分を出す。理由は、2時間30分の通話事件である。すなわち「上長に届けず事務所に残って他の従業員とほぼ業務に関係ない内容の電話通話を約2時間30分もした上に、その通話時間分について残業代を請求した」というもの。

■ 提訴
Xさんは、「パワハラを受けた(取締役との面談、部長から残業代請求すると人事に響くよ発言、けん責処分)」と主張して、裁判を起こし慰謝料などを請求した。

裁判所の判断

Xさんの勝訴である。

裁判所は会社に対して「慰謝料30万円払え」と命じた。裁判所は「悪口メールについては会社がXさんに対して厳しい対応をしてもやむを得ない」としつつも、以下の行為は違法と判断した。

■ 残業代請求しないほうがいいよ発言
部長の「残業代を請求するとあなたの人事評価が下がるのでやめたほうがいい」について、裁判所は「Xさんの権利行使を不当に阻害するものであり違法」と指摘した。

■ けん責処分(2時間30分の通話)
裁判所は「たしかに、通話には業務と関係のない会話が含まれていた」としつつも、「Xさんの処理すべき業務量が多かったと推認できる。なぜなら、退出時刻を見ると、前日は午後10時30分ころ、当日は午前1時ころ、翌日は午前2時ころだからである。これらの残業は会社から承認を受けている。そうすると、Xさんは業務に関連する電話を受けたあとに、通話作業をしながら業務を行っていたと認めるべきである。たしかに作業密度などの点において問題がないとは言えないとしても、それを理由にけん責処分までするのは重すぎて相当性を欠いている」と判断した。

(ちなみに、残業代に関しては裁判の中で和解が成立しているようだが、2時間30分の通話時間分に対して支払われたかは不明)

■ 3回の面談
この面談については裁判所は「違法ではない」としている。

〈理由〉
・1回目と2回目はXさんが自らの意見を述べている
・3回の面談で取締役が声を荒らげることはなかった

Xさんは「3回目の面談で退職勧奨されており、これは違法だ」と主張したが、裁判所は「悪口メール問題は厳しい対応をされてもやむを得ないので、Xさんの自由な意思が確保された上であれば、退職勧奨されても、Xさんにおいて甘受すべきものだったと言わざるを得ない。今回は、Xさんの自由な意思が確保されていた」と結論付けた。

【マメ知識】
退職勧奨は合法で、退職強要は違法である。ポイントは「自由な意思が確保されていたのか?」だが、線引きは非常に難しい。

(参考:「夜勤ができないなら…」看護師に“退職強要” 追い込まれても“絶対に”「退職届」を出してはいけないワケ

最後に

「残業代請求すると人事に響くかもよ」のような発言は、言語道断ではある。判決文には部長や取締役の発言の詳細が記載されていたので、Xさんが録音していたということだろう。

読者のみなさまも、何か不穏な空気がただよう面談に召喚されたときは、録音することをオススメする。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア