「知的障害のある人」の選挙権サポートを実現した“狛江モデル”とは 「選挙情報のバリアフリー化」が重要な理由
障害者基本法により、毎年12月3日から9日は「障害者週間」と定められている。
この期間、多様な分野における障害者の社会参加を促進するため、国や地方自治体・公共団体などは、意識啓発に関するさまざまな取り組みを行う。
近年では、政治分野において障害者の参加を促進するための取り組みも行われるようになってきた。とくに課題となっているのが、「知的障害のある人」による選挙権の行使をいかにしてサポートするかという点だ。
知的障害者らの「選挙権」は2013年に回復したが…
2013年5月、改正公職選挙法が可決・成立し、知的・精神的障害や認知症などにより後見人がついた「成年被後見人」の選挙権が回復した。一方で、ただ権利を回復するだけでなく、適切なサポートも実施しなければ成年被後見人は投票できないという問題も、当初から認識されていた。
今年10月、特定NPO法人「日本障害者会議」が「障害のある人びとの投票行為に関する要請」を総務省に申し入れた。要請された内容には、障害者の投票行為における「合理的配慮」の徹底や、投票所のバリアフリー化などと並んで、「情報のアクセシビリティ」に関する項目が含まれている。
具体的には、点字や音声などによる視覚障害者への情報提供、手話通訳や字幕などによる聴覚障害者への情報提供、そして知的障害者や発達障害者に向けて選挙情報をわかりやすく提供することが要請されている。
「知的障害や発達障害のある人に対し、フリガナやわかりやすい選挙公報の発行・送付とともに、投票所の記載台前に候補者の写真を提示するなどの合理的配慮をするよう周知徹底すること」(要望書から)
障害のある人びとの投票行為に関する要請書(2024年10月18日提出)をホームページにて公開しました。ぜひご覧ください。
— 日本障害者協議会JD (@NPOJD) November 11, 2024
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選挙情報支援の先進的取り組み「狛江モデル」
東京都・狛江市では、改正公職選挙法が可決した直後の2013年7月、同月に行われた参院選にあたって、知的障害者が投票の仕方を学ぶ機会を提供するための「体験投票」を事前に実施した。
以後も、狛江市役所の幹部らは支援策の検討を行い、知的障害者の親や社会福祉協議会と連携しながら、選挙支援のための施策を充実させていった。現在では、同市の取り組みは全国でも先進的な「狛江モデル」として知られる。
狛江市の取り組みからは何が学べるのだろうか。以下では、今年1月に『知的障害者と「わかりやすい選挙」 新しい権利保障としての「狛江モデル」構築の軌跡』(生活書院)を出版した、堀川諭教授(京都産業大学)に聞く。
知的障害者にも“わかりやすい”演説会・選挙広報誌・政見動画
障害者の選挙を支援する施策は2種類に大別できる。ひとつは、障害者が投票所まで訪れて、実際に投票を完了するまでの物理的なハードルを減らすことを目指す「投票のバリアフリー化」。もうひとつは、障害者が投票するにあたって参考とするための情報を入手・理解しやすくすることを目指す「選挙情報のバリアフリー化」だ。
狛江市では、2014年から、衆議院選挙や都知事選挙などに際して知的障害者の有権者に向けて立候補予定者の訴えを伝える、「わかりやすい演説会」が開催されている。堀川教授によると、2018年の市長選挙では候補者らがプロジェクターや紙芝居を使うなど趣向をこらした演説を行い、会場からは活発な質問が飛んだという。
「わかりやすい演説会」はすでに定着しており、今年10月の衆議院選挙でも開催された。演説会に加えて、立候補予定者が公約をわかりやすく記載する「わかりやすい選挙広報誌」、公約について語る動画を撮影した「わかりやすい政見動画」が、狛江市における知的障害者への情報支援の「三つの柱」になっている。また、選挙広報誌の施策は札幌市などでも行われている。
情報支援のほかには、「投票の練習ができる模擬投票・体験投票の開催」「意思表示が難しい人のためのコミュニケーションボードを投票所に用意」「代理投票を利用したい人がその意思を表示するための用紙・カード」などの施策が実行されている。
なお、知的障害者向けの選挙支援においては、公職選挙法が選挙時の情報発信に制約をかけている点が課題となっている。たとえば、選挙の公示・告示後は立候補者の演説会の開催が難しくなり、選挙公報を出してよいのも一回限りと、実行できる施策が限られる。一方で、公示・告示の前に情報支援を行うとすると、時間的な制限が発生する点が問題になる。
当事者や保護者・施設スタッフが「わかりやすい選挙」に抱く実感
堀川教授は、投票支援の取り組みについて知的障害の当事者らやその関係者らがどのような所感を抱いているのか、実態を明らかにするための聞き取り調査を実施した。
調査によると、軽度知的障害者については選挙制度や立候補者の公約、地域の課題などについてある程度理解できていることから、投票に積極的な人たちが一定数いる。「そういった人たちが自分の投票行為を一層充実できるよう、彼らのニーズに合ったわかりやすい情報を届けていくことが必要になっています」(堀川教授)
ただ重度知的障害者については、「投票は難しい」という保護者の考えや社会通念の影響もあり、支援策が実行された後でも投票に行けていない人が多いとみられる。
「社会において『投票するなら政治について理解していることが必要だ』という認識が一定の力を持っていることから、重度知的障害者の投票が進まなかったと考えられます。
しかし、近年では、障害者の社会参加や『インクルーシブで多様性のある社会』が重んじられるようになってきました。投票についても多様な判断や多様な投票が認められるべきであり、そのような観点からも重度知的障害者の投票を尊重して、支援していくべきだと考えます」(堀川教授)
知的障害者の親や家族については、子などの当事者に知的障害があることを引け目に感じて、投票に連れて行かない場合があるという。
つまり、法改正によって選挙権が回復した後であっても、障害が重く自分では投票に行けない人は、家族の判断によって選挙権を行使できるかどうかが左右されている現状だ。
「親や家族が投票について再考し、意識を変えていく必要があります」(堀川教授)
一方、利用者の意思決定支援に携わってきた、障害者支援施設のスタッフに関しては、知的障害者の投票に理解のある人が多い。しかし、利用者の親が投票に消極的な場合もあるため、「どこまで支援していいのか」と悩んでいるスタッフもいる。
また、堀川教授の著書では、保護者と同様に施設スタッフのなかにも「投票には政治に関する理解力が必要だ」との前提から、選挙支援の取り組みに対して懐疑的な声があることが指摘されている。
「さらに、支援の仕方を誤ると当事者の投票先を誘導することになりかねないため、スタッフが支援をためらうケースもあります」(堀川教授)
知的障害者の選挙権が「後回し」にされてきた理由
歴史をふりかえると、アメリカの公民権運動や世界各国のフェミニズム運動では「選挙権」の獲得が目標として重視されてきた。
堀川教授は、選挙権とは「市民が社会にメンバーとして参加することを象徴的に示すもの」であると表現する。
これまでの障害者運動では「選挙権の獲得」は優先的な目標とされてこなかった。歴史的に、障害者たちは住まいや移動が制限されるなど、生活に関する切実した問題に直面し、さらに命までもが脅かされてきた。それらの問題への対応や、教育を受ける権利や労働に関する権利などが優先され、選挙権は障害者運動においていわば「後回し」にされたという面がある。
さらに、障害者の選挙権を保証する対応が開始されてからも、視覚障害者や聴覚障害者への支援は先に進んできた一方で、知的障害者への対応は遅れてきたという実態がある。
「近年になって、ようやく、知的障害者の選挙権に関する問題意識が共有され、支援が広がり始めたのです」(堀川教授)
なお、堀川教授の著書では、知的障害者にとってわかりやすい選挙情報を提供することで、障害を持たない若者や高齢者にとっても情報へのハードルが下がる可能性が示唆されている。
直近では11月のアメリカ大統領選挙や兵庫県知事選挙の結果などを受け、「考えのない投票や安易な政治参加はポピュリズムにつながる」などの批判や、民主主義そのものの存在意義を問い直す声も散見されるようになってきた。
日本では成年被後見人が2013年まで選挙権を奪われていたこと、現在でも身体・知的障害者は投票にさまざまなハードルが課されていることは失念されがちだ。障害者週間をきっかけに「狛江モデル」について学ぶことは、私たちの社会の前提となっている「民主主義」についての考えも深めさせてくれるだろう。
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