兵庫県知事選「PR会社」も「斎藤氏」も選挙を“ナメていた”? 「有償でもボランティアでもアウト」“選挙法務”専門弁護士が解説

弁護士JP編集部

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兵庫県知事選「PR会社」も「斎藤氏」も選挙を“ナメていた”? 「有償でもボランティアでもアウト」“選挙法務”専門弁護士が解説
PR会社・A社の社長B氏(左)と斎藤元彦兵庫県知事(右)(B氏のnote(現在は削除)より)

11月、兵庫県の「出直し知事選挙」で当選した斎藤元彦知事の選挙運動について「PR会社」であるA社の代表B氏が「note」で発信した内容に関し、「公職選挙法違反」等の疑いが指摘され、物議を醸している。しかし、憶測や希望的観測も含んだ情報発信が多くなされ、法的観点から何が問題なのか、入り乱れてしまっている状況である。

実際のところ、具体的にどの行為がどの法律の規定に抵触する可能性があるのか。また、その場合の「ペナルティ」とはいかなるものか。「選挙法務」の専門家で、自身も過去に国会議員秘書や市議会議員として生々しい選挙戦の現場に身を置いた経験が多数ある、三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に話を聞いた。

斎藤氏とPR会社との間に「役務提供の契約」が成立?

公職の選挙の候補者が、選挙運動に対する報酬を支払った場合、公職選挙法がいう「買収」(公職選挙法221条1項1号)に該当する。

斎藤氏は、PR会社のA社に71万5000円を支払った事実を認めている。もし、これが選挙運動を担当することへの報酬の趣旨であれば当然「買収」にあたるが、さすがにそこまで単純な問題ではない。

一方、総務省HPには、「選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールの企画立案を行う業者への報酬の支払い」について以下のように記載されている。

「一般論としては、業者が主体的・裁量的に選挙運動の企画立案を行う場合には、当該業者は選挙運動の主体であると解されることから、当該業者への報酬の支払いは買収となるおそれが高いと考えられます」

三葛弁護士は、A社社長であるB氏の情報発信の内容にてらし、「選挙に関する役務提供の契約があり、A社が『主体的・裁量的に選挙運動の企画立案を行った』ことが強く推認される」とする。

兵庫県庁(akira/PIXTA)

三葛弁護士:「B氏のnote(現在は削除)には『オフィスに現れたのは、斎藤元彦さん。それが全ての始まりでした』とあります。このことから、斎藤氏のほうからA社に対し相談を持ち掛けたことが推測されます。

そして、『ご本人は私の提案を真剣に聞いてくださり、広報全般を任せていただくことになりました』と明記しています。A社のオフィスで提案を行っているところを撮影した写真も掲載されています。

また、『プロフィール撮影』『コピー・メインビジュアルの一新』『SNSアカウント立ち上げ』『ポスター・チラシ・選挙公報・政策スライド』『SNS運用』についてそれぞれ項目を設け、何をどのように行ったか、こと細かく記載しています。B氏以外にA社のスタッフとみられる人物も映っており、会社の業務として行われたことが推察されます。

さらに、『私が監修者として、運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、(中略)などを責任を持って行い、信頼できる少数精鋭のチームで協力しながら運用していました』『そのような仕事を東京の大手代理店ではなく、兵庫県にある会社が手掛けた』との表現があり、A社として主体的かつ組織的に業務を行ったことを自ら率先してPRしています。

加えて、一般の人が選挙の様子を撮影しSNSで拡散された画像の中には、B氏が選挙カーに搭乗して斎藤氏の間近でSNSのための写真を撮影しているところが映りこんでいます。

これらのことからすれば、現状では、少なくとも、A社が斎藤氏の委託を受け、主体的に選挙に関する業務を行ったことが、強く推認されるといわざるを得ません」

B氏自身が立ち上げを「責任を持って行った」とする斎藤氏後援会の「X」公式アカウント(Xより)

なお、もし斎藤氏自身が報酬の支払いに関与していなかったとしても、「連座制」の適用がありうると指摘する。

三葛弁護士:「候補者本人ではなく陣営の幹部等が買収行為を行った場合には、連座制が適用され、本人の当選は無効となります(公職選挙法251条の2、251条の3参照)」

B氏にとって「盛る」「嘘をつく」メリットは「何一つない」

斎藤氏の代理人弁護士は、11月27日の記者会見で、B氏のnoteでの記載について「盛っている」と表現している。A社の手柄・実績を過大にPRしようとした可能性は考えられないか。

三葛弁護士:「代理人弁護士はあくまでも斎藤氏の代理人であり、斎藤氏側からの一方的な言い分にすぎません。

B氏は『私自身も現場に出て撮影やライブ配信を行うこともありました』と記載しており、このこと自体はそれを示す第三者の撮影した画像により裏付けられます。また、note発表当時には、B氏には『盛る』ことのメリットは見当たりません。

今の時代、自身の手柄を『盛る』ようなことをすれば、すぐに指摘が入り、あっという間に拡散して炎上します。A社及びB氏としては、事実を淡々と記載するだけで大きなPRができたのであり、それで足りるでしょう。

また、斎藤氏陣営から『あれはB氏が盛ったものだ』などと言われてしまえば、せっかくのPRが台無しになるばかりか、“ウソつき”のレッテルすら貼られることになります。

事実、斎藤氏の弁護士の『盛っている』発言を受け、A社やB氏への疑問が高まっています」

なお、B氏が斎藤氏を陥れるために嘘をついている可能性も、考えにくいという。

三葛弁護士:「選挙後に、候補者と仲たがいをした者が、その候補者を貶(おとし)めるために『こんな違法行為をした』という真偽の定かでない暴露をするケースはあります。

しかし、今回、B氏がnoteを公開したのは、自身が応援していた斎藤氏が当選した直後で、斎藤氏側との関係が最も良好だったタイミングなので、斎藤氏を貶めるメリットも動機も何一つ考えつきません」

「71万5000円が適正な対価か」は“本質ではない”

そうすると、次に問題となるのは、斎藤氏がA社に支払ったとしている71万5000円が、A社の選挙に関する一連の業務(選挙運動)に対する「報酬」にあたるか否かである。もし報酬に該当すれば、前述のとおり「買収」が行われたことになる。

これに対し、斎藤氏は、71万5000円を「ポスターなどの制作費」として支払ったものと述べている(【図表】参照)。

【図表】71万5000円の支払の趣旨による結論の違い

兵庫県選挙管理委員会は12月3日、県知事選挙の候補者が提出した選挙運動の収支報告書を公表した。これによると、A社への支出と考えられるのは合計38万5000円、内訳は「チラシのデザインの制作費」16万5000円、「メインビジュアルの企画・制作」11万円、「ポスターデザイン制作」5万円5000円、「選挙公報のデザイン制作」5万5000円だった。

斎藤氏の代理人弁護士は、残りの33万5000円については、「公約のスライド制作費」であり政治活動費として処理したと説明している。 この点について、三葛弁護士は次のように分析する。

三葛弁護士:「71万5000円が『ポスターなどの制作費として適正な額だったか』が問題とされ、『社会通念にてらして判断されるべき』などと、この金額自体を巡る議論が多くなされています。

ただし、報酬の支払いについて当事者間でどのような契約があったかは明らかになっていません。71万5000円の支払いや役務の提供についても、斎藤氏側は『契約書は作成せず、口頭での契約』と主張しており、現時点ではそれを覆す材料は見られません。

しかし、この際『社会通念上妥当かどうか』はあまり関係がないとも言えます。

収支報告の内訳はいずれも、金額が一義的に決まるような性格のものではありません。営利企業としては、ときに営利を度外視して仕事を得るインセンティブ(行き過ぎるとダンピングになります)が働くことも踏まえると、その価格自体にはあまり意味がありません。

むしろ、A社およびB氏の主観として、この仕事を受けた上で『主体的・裁量的に選挙運動をしようとしたかどうか』という点を考えるべきです。選挙の仕事の多くはただ受けるだけでなく、選挙で勝利することを目指すこととなります。そして、A社およびB氏にとっては勝てば大きなアドバンテージとなり、それは『特別な名誉』から『特別の利益』へとつながり得ます。

そうなると、A社およびB氏の主観は『仕事を受けた上で、その仕事がもたらすアドバンテージを期待して、仕事に付加する“サービス”として選挙運動を行った』というものだと考えるのが合理的です。

A社およびB氏としては、71万5000円という中に『サービス』が含まれ、そして勝利が見えてきたことで『サービス』が膨らんでいき、社長自らが選挙運動に従事してしまうような状況になっていた、となると、もはや典型的な運動員買収といえます。

今後、お金の動きや、メールや文書のやりとりなどについて調査・捜査が行われ、詳細が明らかになるのを待つほかありません」

「ボランティア」ならば今度は「寄附の制限」に違反

では、仮に、斎藤氏側からA社への金銭の支払いが「買収にあたらない」とされた場合はどうだろうか。

A社ないしはB氏の一連の選挙運動は、対価を1円も受け取らない「ボランティア」だったことになる。

しかし、三葛弁護士は、その場合、今度は「寄附の制限」に違反することになると説明する。

三葛弁護士:「兵庫県と『請負その他特別の利益を伴う契約の当事者』である者は、県知事選挙に関して『寄附』をすることが禁じられています(公職選挙法199条参照)。

寄附は、お金だけではありません。役務を無償で提供することも『財産上の利益の供与』として寄附に該当します。

一部報道によれば、B氏は斎藤氏が知事として肝煎りで始めた委員会の委員を務めていたとのことです。もし請負契約等を結んで対価を得ているならば、この規定に抵触する可能性があります。金銭的な利益だけでなく『特別な名誉』も『特別の利益』になり得ると考えられます。

もし、A社による寄附があったと判断されれば、A社の代表者のB氏と、候補者の斎藤氏は『3年以下の禁錮または50万円以下の罰金』に処せられます(公職選挙法248条2項、249条参照)。

また、仮にこの公職選挙法の規制に抵触しなくても、そもそも会社が組織として寄附を行うことは政治資金規正法で禁じられています(政治資金規正法21条1項参照)。

したがって、本件で、A社がスタッフに対し業務命令により『ボランティア』で選挙運動を行わせたということになれば、『寄附』を行ったことになり、A社の代表者のB氏と、候補者の斎藤氏は『1年以下の禁固または50万円以下の罰金』に処せられます(政治資金規正法26条1号参照)」

従業員が「個人でボランティア参加」していた場合は?

仮に、企業の従業員が会社を離れ、「個人でボランティア参加」していた場合は、上記規制にあてはまらないのではないか。

三葛弁護士:「その場合、それぞれの従業員が『個人』として自発的に有給休暇を取得するなどして、業務外で選挙運動にボランティアとして参加したことになります。

かつて、会社ぐるみ・組織ぐるみで業務命令として有給休暇を取得させるなどして『選挙運動のボランティア』をさせているケースが散見されました。会社がその分の『日当』や『ボーナス』を支給して辻褄を合わせようとすれば、『運動員買収』にあたり違法です。

そこで、まず、選挙運動期間中の従業員の勤怠の記録がどうなっているか、社内メールでどのようなやりとりが行われていたかを確認する必要があるでしょう。また、従業員総出でボランティア参加をしていたといった事情があれば、会社ぐるみであったことを強く推認させることとなります。

もちろん、『有休を取得して参加せよ』という業務命令のようなものがあれば、今度は労働関係法規の違反の問題が生じます。なお、形式上は『お願い』であっても、従業員が断ることは事実上困難でしょう」

結局、「選挙をナメていた」

選挙に際し、政党や候補者がいわゆる「選挙コンサルタント」に依頼することはよくある。しかし、その場合、選挙コンサルタントは、選挙違反に該当しないよう細心の注意を払うのが通常だという。

三葛弁護士:「単純な話で、『候補者からお金をもらっている立場の者が、選挙運動をするのはまずい』という、いわば本能的な忌避です。一歩間違えば、自身が罪に問われるばかりでなく、候補者の当選が無効となり、候補者の足を引っ張りかねません。

今回の件に触れて真っ先に思ったことは、『事前に我々を含む専門家に相談してくれていれば…』ということでした。

たとえば『候補者から報酬を受け取って仕事をしたのですが、選挙運動に参加してもよいでしょうか』とか『動画配信をしてくれと言われたのですが、どういうことに気を付ければいいですか?』とか…。

そうすれば『それをやると法律に触れるのでこうしましょう、これは出さないようにしましょう』などとアドバイスして、事前に取りやめてもらうこともできたんです。

残念なのは、B氏を含めたA社とその周辺の人々、斎藤氏陣営の誰も、顧問弁護士等も含め、そういうことに思いが至らなかったことです。今まで数多くの選挙を経験し、選挙に関する法務を担当してきた立場からいわせてもらえば、『選挙をナメていた』と評さざるを得ません」

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