大型台風でも「出社は社員の判断に任せる」の無責任…企業のあいまいな対応が生み出す“出勤ぶりっ子”の正体
パワハラ、体罰、過労自殺、サービス残業、組体操事故……。日本社会のあちこちで起きている時代錯誤な現象の“元凶”は、学校教育を通じて養われた「体育会系の精神」にあるのではないか――。
この連載では、日本とドイツにルーツを持つ作家が、日本社会の“負の連鎖”を断ち切るために「海外の視点からいま伝えたいこと」を語る。
第6回目は、災害時でも出社しようとする人が少なからずいる要因と、企業側の対応の問題点についてである。
※この記事は、ドイツ・ミュンヘン出身で、日本語とドイツ語を母国語とする作家、サンドラ・ヘフェリン氏の著作『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)より一部抜粋・構成しています。
「出勤しないように」と通達を出すべき
2019年4月から、日本では海外からの新たな人材の受け入れ制度が始まりましたが、残念ながら、体育会系的な思想と外国人受け入れは「相性が悪い」です。
そうでなくとも外国からやってきた人が日本で生活すること自体大変なことですから、そこは周りの日本人がある程度理解して寛容な対応をするべきですが、今みたいに体育会系的な思想が蔓延している日本の社会では、「自分たちも低い給料でこき使われているから、外国人がそれより低い給料なのは当然」「自分もブラックな環境で仕事を頑張っているのだから、外国人も厳しい現場で仕事を頑張るのは当たり前」というような考えが幅を利かせています。
日本ではこの「根性論」が特に災害時に前面に出てくる傾向があります。
夏や秋にとにかく台風が多い日本ですが、昨年(※)は、テレビをつけるたびに「週末には台風がやってきます」というアナウンスが聞こえ、9月上旬や10月の3連休の時など、超大型台風が来襲し、関東を中心に甚大な被害をもたらしました。
※『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)は2020年発売。記事中にある「昨年」は2019年のこと。
驚いたのは、事前に大型台風がやってくると分かっているのに社員に出勤を命じた企業があったり、会社として「この日は出勤しないように」と通達を出すべきところを、出勤するかしないかの判断を社員に任せる会社が見られたことです。
「本人に任せる」というと聞こえはいいですが、普段ガチガチなルールの中で働いているサラリーマンにとって、こんな時だけ「社員の判断に任せる」というのは笑ってしまいます。
会社側の言い分としては、社員の住む場所や通勤に利用する電車の路線が違うから各自に判断を任せているようです。しかし、会社として「台風の際の出社はダメ」と明確に指示を出さないことには、結局いつもの根性論が顔をのぞかせて、社員は「とりあえず出勤すればなんとかなるんじゃないか」という思考になりやすいのです。任意とは名ばかりで、「出勤ぶりっ子」を生み出してしまうことになります。
「#台風だけど出社させた企業」
「出勤ぶりっ子」とは、「こんな悪条件の中でも仕事のことを考えて会社に来ている私・僕って偉いでしょ?」というアピールする人のことです。そんな意図はない場合も多いですが、無意識のうちについ「会社に良かれと思って」という判断をしてしまうのがニッポンのぶりっ子社員の性です。
令和元年10月13日に日本列島を襲った台風の日、ツイッターには、「#台風だけど出社させた企業」というハッシュタグがあふれていました。
ザッと名前を挙げると、ヨドバシカメラ、すしざんまい、すき家、白木屋、笑笑などの居酒屋チェーン、サミット、ライフ、ダイエーなどのスーパー、イオンなどの名前が挙がっていました。ヨドバシカメラに関しては、ツイッターによる拡散の影響か、途中からその日の店舗閉鎖を発表しました。
それにしても、「台風なのに出社を命ずる会社がある」こと自体、日本の闇を物語っているようです。大規模な台風が来ると会社も予め分かっているにもかかわらず、社員に出勤させることで命の危機が及ぶかもしれないことには知らん顔。
このことだけでも相当闇が深いのですが、さらに闇が深いのは、上記のように「#台風だけど出社させた企業」というハッシュタグのもと、社員だと思われる人が出社させられた自分の体験を書きつつも、企業名は伏せているツイートも目立ったことです。
企業名を明かしてしまうと、会社側に誰がツイートをしたのかバレてしまう可能性があり、そうすると解雇される可能性があるからだと思われます。
ヨーロッパならデモが起きてもおかしくない状況なのに、日本では身バレを恐れてこっそりツイッターで発信するのが恒例となっています。バレた後のことを考えると当事者の気持ちも分かりますが、やはり顔を出して全員で連携してこの手のことと闘ったほうがよほど生産的だと思ってしまいます。
駐在員から“不人気”の日本
日本人にはいつでもどこでも仕事を優先するのが良いという考えが無意識に刷り込まれているため、自然災害という脅威の中でも自ずと働いてしまうのでしょう。
しかし、社員にとっての万が一を考慮しない会社が普通にあるという現状では、ニッポンで働くのを嫌がる外国人が多いのも無理はありません。現に、2019年7月に英金融大手HSBCホールディングスが発表した「各国の駐在員が働きたい国ランキング」で、日本は33か国中の32位というなんとも残念な結果となってしまいました。
興味深いのは、東京や大阪が安全な都市のランキングに入っている一方で、日本では働きたくないと考える外国人が多いことです。
つまりニッポンは、シンガポールや香港のように「ワークライフバランスが良いとは言えないけれど高給」でもなければ、欧米諸国のように「賃金が高いとは言えないけれどワークライフバランスは良い」わけでもないのです。
言ってしまえば、ニッポンは低収入、そしてワークライフバランスが悪いので、これでは人気がないのも当たり前と言えば当たり前です。
仕事の世界においては、皆さんシビアですから「日本の文化が好きな人は、低賃金でワークライフバランスが悪くても来てくれるだろう」なんて甘い考え方は今後通用しなくなるでしょう。
- この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
体育会系 日本を蝕む病
日本がクールであるために、海外の視点からいま伝えたいこと 「日本人の根性論なんて昔の話」は大間違い! パワハラ、体罰、過労自殺、サービス残業、組体操事故など至る所で時代錯誤な現象が後を絶たない。全ての元凶は、絶対的な上下関係に基づく不合理な「体育会系の精神」だと来日22年・日独ハーフのサンドラは見る。そのメンタリティは学校教育を通じて養われ、再生産され、この国の文化を形作る。実際に日本はダントツで外国人が働きたくない国であり、男女平等世界ランキングも下位に沈み、いま手を打たねば先進国から転げ落ちる。負の連鎖を断ち切るには、わが子の幼少期から「ブラック」に触れさせぬよう親が警戒すべし。解決策はシンプル、「頭のスイッチ」を切り替えるだけ!
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