DV男から逃げた19歳女性、“所持金数百円”で「生活保護」申請も… 社会復帰への「一歩」を踏み出すまでに味わった「困難」とは【行政書士解説】

三木 ひとみ

三木 ひとみ

DV男から逃げた19歳女性、“所持金数百円”で「生活保護」申請も… 社会復帰への「一歩」を踏み出すまでに味わった「困難」とは【行政書士解説】
カスミさん(仮名・19)は生活保護を受けようとしたが…(ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)※写真はイメージ

「貧困」が深刻な社会問題としてクローズアップされるようになって久しい。経済格差が拡大し、雇用をはじめ、社会生活のさまざまな局面で「自己責任」が強く求められるようになってきている中、誰もが、ある日突然、貧困状態に陥る可能性があるといっても過言ではない。そんな中、最大かつ最後の「命綱」として機能しているのが「生活保護」の制度である。

しかし、生活保護については本来受給すべき人が受給できていない実態も見受けられる。また、「ナマポ」と揶揄されたり、現実にはごくわずかな「悪質な」不正受給がことさら強調されたりするなど、誤解や偏見も根強い。本連載では、これまで全国で1万件以上の生活保護申請サポートを行ってきた特定行政書士の三木ひとみ氏に、生活保護に関する正確な知識を、実例も交えながら解説してもらう。

第4回は、同棲相手の男性からDVを受けて逃げた拠り所のない19歳の女性が、生活保護を受給し、社会復帰へ向けた一歩を踏み出すまでの一部始終を通じ、社会からいったん疎外された人にとって、生活保護受給までのハードルがどれほど高くなってしまっているかという現実を浮き彫りにする。(全8回)

※この記事は三木ひとみ氏の著書『わたし生活保護を受けられますか 2024年改訂版』(ペンコム)から一部抜粋し、再構成しています。

※【第3回】「生活保護の受給要件をみたしているのに…」相談者の7割近くが申請断念 行政の“水際作戦”「実態と背景」とは【行政書士解説】

所持金数百円…貯金どころか口座も印鑑もない19歳

今回お話しするできごとは、私が行政書士になった初年度、2016年のことです。8年経っていますが、今なお解決されていない問題が含まれているので、この機会にぜひとも紹介しておきたいと思います。

カスミさん(仮名)は19歳、当時は民法改正前なので「未成年」でした。

カスミさんは14歳のときに家を出され、学校にも行かなくなりました。いつしか渋谷が居場所になり、生きるために不当に安い賃金労働や、裏の水商売に身を置かざるを得なくなっていました。

男性宅を転々とし、大阪へ。同棲していた男性の仕事が見つかったということでついてきました。大阪へ来て、やがて男性から暴力を振るわれるようになりました。カスミさんはDVに耐えかねて、男性と同居していた家から逃げ出したのです…。

所持金数百円。貯金どころか口座も印鑑もなし。

電話で少し話を聞いただけで、資産も収入も一切なく困っていることが明らかでした。そのまま役所に行って申請すれば確実に生活保護を受けられることを、未成年のカスミさんにも伝わるように、ていねいに電話口で説明しました。

行政書士が介入するまでもないと思いましたし、行政書士に支払うお金が発生しないよう確実に生活保護を申請して受けられるように、私は電話で十分に説明をした上で(未成年者には、特別対応です)、まずは自分で役所に行って、もし困ったら、もう一度、電話をしてくるように伝えていました。

カスミさんはDV男から逃れ大阪の街へ飛び出した。(まちゃー/PIXTA)

役所は全く相手にせず、警察に通報され、親にも見放され…

素直なカスミさんは、行政書士の私に言われた通りに、すぐに役所に行って生活保護申請をしたいと伝えました。ところが、役所では全く相手にしてくれなかったと言います。

自力で3時間にわたり交渉したそうです。若いのに立派なものです。…というより、本当に困っていたからです。

最後には、役所の通報で呼ばれた警察官が来て、警察署へ連れて行かれたうえ、警察でも役所にした同じ話を繰り返し、「とても疲れました」と言っていました。

警察官には「親に連絡はしないでほしい」と伝えたものの、「未成年者だから親に連絡しなければいけない」と説得され、しぶしぶ親の連絡先を伝えました。でも、親御さんは、警察からの電話に対し「出て行った子のことは知らない、引き取りに行けない」とあっさり断ったそうです。

行き先も確保しないまま「帰っていいよ」と警察

予想外の親の対応に困った警察は、なんと驚くことに、カスミさんの行き先も確保しないまま、「警察署を出て帰っていいよ」と伝えたそうです。

どこに帰れと言うのでしょう?男と暮らしていた家に帰れば、逃げ出したことを咎められ、前にも増してひどいDVを受けることは目に見えています。大阪には身寄りもありません。

所持金が数百円では、どこかに泊まることもできず、路上で過ごすほかありません。

困ったカスミさんは、私に連絡するしかなく、私は警察とも電話を代わってもらい話をしましたが、結論は出ません。なんとも無責任なたらい回しでした。

まずは住宅を確保。善意の家主さんのはからいで

私は急きょ、カスミさんのいる駅で待ち合わせをして、駆けつけました。この時、カスミさんと初めて対面しました。髪をピンクと黄緑色に染めピアスを付けた若い女の子がにっこりとほほ笑んでくれました。

「どこでもいいから、行政書士さんの紹介する部屋に1人で住んで、そこで生活保護を受けたいです。料理は得意で自炊はできます。掃除も洗濯も、ずっと一緒に住む男性宅でやっていたので、家事は得意です」と言うのです。

しかし、何一つ身元保証のない無職無収入のカスミさんです。

そこで、知り合いの家主さんに連絡をしたところ、その方の好意で、カスミさんに部屋を貸してくれることになったのです。

社会は善意の輪で成り立っていると実感しました。

賃貸契約を交わして、初期費用は免除、家賃も生活保護決定後の後払いにしてもらい、その足で再び役所へ生活保護申請に向かいました。今度は、行政書士の私も一緒に行きました。

再び生活保護申請へ

私たちが向かった福祉事務所は、カスミさんが1人で行って門前払いされたところではなく、賃貸契約を交わして、実際に住むことになった物件の所在地の管轄事務所です。

役所へ到着した頃はもう閉庁間際だったので、急いで受付に行き、「生活保護の申請窓口はどこですか?」と単刀直入に聞きました。案内された窓口へ行き、「行政書士です」と名刺を差し出し、「所持金も収入もなく、貴福祉事務所の管轄区域内の賃貸物件に、1人暮らしをすることになったこちらの女性の生活保護申請を本日しますので、書類をください」と伝えると、すぐに別室に案内してくれました。

わずか5日で生活保護が決定。その理由

申請時点で、カスミさんの所持金は数百円しかありませんでした。そこで、カスミさんのために調査期間中の生活費の貸し付けか、食糧支援をしてほしいと要望したのですが、役所は「行政書士さんが貸してあげて」とのこと。

こちらの福祉事務所では「どうしても生活保護調査期間中の金銭の貸し付けができず、食糧支援しかできない。しかも、今提供できるのは乾パンしかない」とのことでした。

何日も乾パンで過ごさせることは、人道面だけでなく、栄養価的にも問題があります。

しかし、私からカスミさんにお金を貸すことはできません。生活保護の原則的な扱いでは、申請をしたあとに借金した場合は「本人の収入」として扱われ、借りたお金も保護費から減額されてしまいます。「きちんと行政で最低限の救済措置を講じてください」と交渉しました。

そして、話し合いの結果、「今回は特例として、保護決定までの最低限の食費を行政書士が貸しても、それは収入とみなさず保護費から減額しない。そのような状態ができるだけ速やかに解消されるよう、役所も精一杯調査を急ぐ」ということになったのです。

生活保護の実務は決して杓子定規なものではありません。生活保護申請をする人はそれぞれ様々な事情を抱えています。したがって、個々のケースに応じ、窓口の職員の裁量でこのような柔軟な扱いを行うことも、本来は許容されているのです。

銀行口座さえ持っていなかったカスミさんの資産調査は、すぐに終わり、わずか5日で生活保護が決定しました。

なお、本件は原則的な扱いとは異なるイレギュラーな取り決めなので、カスミさんと行政書士と福祉事務所との間で書面を交わしました。

社会復帰に向けまずは安定、安心して生活できる環境を確保

そして5日後、保護決定と同日に、カスミさんは役所の窓口で1か月分の保護費を受け取ることができました。

家主さんに未払いだった当月分家賃を「住宅扶助費」より支払い、行政書士が上述の通り調査期間中の食費として貸したお金を「生活扶助費」より清算してもらいました。

こうしてカスミさんは、無事に生活保護を受けて、DV 男性からも離れ、居場所を知られないよう手続きも行い、社会復帰に向けまずは安定、安心して生活できる環境を確保できたのです。

カスミさんのケースはすべての人にとって“他人事”ではない

今回、カスミさんのケースを紹介したのは、生活保護を真に必要としている人であっても、申請に至るまでのハードルが厳然と存在しているという実態を、少しでも多くの人に知って欲しいからです。

悲しいことですが、いったん社会のレールから外れた人、身元保証すらなく路頭に迷っている人に対し、日本社会は厳しいといわざるを得ないのです。

行政書士 三木ひとみ氏(本人提供)

カスミさんは、わずか14歳で家を出て、学校へも行かず、いわば社会のレールから外れた暮らしをしていました。私はカスミさんが家を出た理由・背景を知りません。しかし、14歳という年齢で、生計を立てる手段すらないのに家を出るには、よほどの事情があったに違いないと容易に想像できます。

また、「よほどの事情」は、形こそ違えど、長い人生においては誰にも生じる可能性があるものです。

残念ながら、とかく「自己責任」を強調し、あたかも生活保護を受給することが悪であるかのようにあげつらう風潮が、まだまだ一部に根強くあります。また、時折心ない「生活保護バッシング」が巻き起こることがあります。

しかし、自分の「生存権」が脅かされていると思うほど困っているときは、一人で悩み苦しまず、堂々と生活保護の制度を頼っていいのだということを、もっと多くの人に知って欲しいと思います。

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