山寺宏一、梶裕貴ら声優26人が「声の無断生成AI」に“NO”…法律で守られない「声の権利」侵害の実態
音声AIのルール作りを求める声優団体「『NOMORE無断生成AI』有志の会」が10月から動画を順次公開。山寺宏一さんや福山潤さん、梶裕貴さんなど、多くの有名声優が「音声AI」に関して自身の見解を述べ、注目を集めている。
この団体が立ち上がった背景には、動画共有サイトやSNSでAIに学習させた声優の声を無断で用いた動画が氾濫していることがあげられる。しかし現行法では、声の権利を守る法律は存在せず、AI開発と音声をめぐる法整備はまだ途上だ。現状をどう考えているのか、同有志の会に参加している、声優の甲斐田裕子さんと福宮あやのさんに話を聞いた。
声優の声が勝手に売られている
「『NOMORE無断生成AI』有志の会」は、声優事務所の枠を超えた集まりで、目下のところ啓発活動が主な目的だ。
福宮さんは、活動の狙いについて「動画共有サイトなどで若い人たちが悪気なく声優の声を無断で使っているのが目につきます。まずは、声優たちがこうした動画に困っているんだということを周知したい」と説明する。
実際に声優たちはどのような被害に遭っているのか。
「録音した声を声優の声に変えられるAIボイスチェンジャーとして無断で売られていることが多いです。悪質なものでは、隠す気がないのか中尾隆聖さんや野沢雅子さんの声を、お二人が演じた有名キャラクターを模した絵をつけて売っていたりもします。削除されてもまた別のところで復活するといういたちごっこが続いています」(甲斐田さん)
また、声優の声で小説などを朗読している動画も散見されるという。
福宮さんと甲斐田さんがマークしていた「無断で作成された動画」を見せてもらったが、別の声優が実際に朗読している音声データをボイスチェジャーにかけて声だけを変えたものだといい、芝居の抑揚もある程度感じられ、日本語もなめらかだ。
福宮さんは、「自分の声が身に覚えのないことをしゃべっている動画を見るのは、声優として気持ちのいいものではありません。事務所が作成協力している合法的なボイスチェンジャーもありますが、それらも使用が許されるのは個人利用の場合が多い。公開すれば、その範疇を超えてしまうことを認識していない人が多いんじゃないかと思います」と語る。
肖像権とパブリシティー権で守られない「人の声」
無断で作成されたボイスチェンジャーを使用した場合には、現行法においても不正競争防止法やパブリシティー権の侵害に問われる可能性がある。また、朗読に使われている詩や文章は著作権で保護されているため、無断で使用すれば著作権侵害に問われることも考えられる。
だが冒頭でも述べた通り、現行法では、声の権利を守る法律は存在しない。こうしたことから、声の権利そのものを保護すべきだという議論も生まれはじめている。
世界でも、法整備が進んできた。アメリカのテネシー州では今年4月、声に肖像権を認める通称「エルヴィス法」が可決。同月、中国でも、文章読み上げソフトに声を無断で使用されたとして、女性ナレーターが関連企業に損害賠償を求めていた訴訟で、裁判所は「本件音声と原告の声色や語調はほぼ一致しており、本人と識別できる」として人格権の侵害を認めた。
日本でも肖像権の対象に声を含めるべきだという意見や、著名人の名声や人気に基づく経済的価値が生じるとして、氏名(芸名やペンネーム含む)やサインなどを幅広く保護する「パブリシティー権」の対象に含めるべきだという意見が聞かれる。
だが、肖像権とパブリシティー権はいずれも法律に明文化された権利ではなく、判例で認められた権利にすぎない。
また、判例上も、パブリシティー権侵害が認められるには「顧客誘因力を目的として」無断で利用した場合に限られる(通称「ピンク・レディー事件」最高裁平成24年(2012年)2月2日判決)ため、「顧客が誘引できない」一般人や無名のプロは保護の対象外とされる可能性がある。
甲斐田さんは「肖像権とパブリシティー権の明文化も含めて、ぜひ国会で議論を進めてほしいと思っています。“顧客誘引力”があると認められる有名な声優だけでなく、これからという若手の声も保護してほしい」と訴える。
さらに福宮さんは、今後音声AIの需要が増えれば、一般人の声を悪用するケースも発生し得るとして「一般の人は声を無断で悪用されても泣き寝入りになってしまう状態なのはおかしい」と指摘。
今後、“声の権利”をめぐる議論は、声優に限らず一般人にも大きく関わるものとなるだろう。
福祉や合法のエンタメ利用には反対しない
「『NOMORE無断生成AI』有志の会」が発信している動画では、多くの声優が自らの考えで生成AIについての意見を述べているが、実は、それぞれの意見にはグラデーションがある。
「有志の会に集まった声優の共通した意見は『無断利用にNO』ということだけで、AIを否定しているわけではない」と甲斐田さんは説明。AIについて多様な意見が声優業界にあることを示すのも、ひとつの“狙い”だといい、賛同団体の中には、音声AIのフェアトレードの実現を目指す一般社団法人日本音声AI学習データ認証サービス機構「AILAS(アイラス)」も含まれている。
「誰もAIを全部なくしてほしいなんて思っていないんです。生成AIも使い方次第だと思いますし、合法的に活用していただくのは問題ありません」(福宮さん)
公開した動画上で、「生成AIで作成した」という文章を読み上げた中尾隆聖さんは、声優の声を無断で使用しないでほしいと訴えるとともに、声を失った声優の知人がAIによって収録を行うことができたというエピソードを紹介している。
「福祉的な利用方法は声優に限らず、一般の方にも希望をひらくものだと思います。
福祉目的以外でも、たとえば、娯楽施設などのアトラクションで、キャラクターに名前を呼んでもらえるサービスがあったら面白いと思います。声優があらゆる名前を録音しておくことは現実的ではありませんが、AIを使えばできる。許諾を得た上で、そういう使い方をして、さらに声優にもきちんと利益還元があるなら、みんなハッピーだと思うんです」(福宮さん)
甲斐田さんは、今後、団体でやってみたいこととして、啓発活動のほか「声とAI」をテーマにしたシンポジウムの開催について話す。
「声優だけでなく、法律の専門家やAI開発者の方も交えてきちんと話し合いたい。予算の確保など問題はありますが、やっぱり議論を重ねないことには前進しませんから、そのきっかけとしてシンポジウムをやりたいと思っています。また、政府でAIを推進している方たちの話し合いにわれわれのような実演家がいないことも多いので、現場の人間の意見が届くように、声を上げていきたいと思っています」(甲斐田さん)
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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