給与体系の変更で知らぬ間に“減給”されていた? 承諾のサインをしてしまった従業員が「無効」求めて提訴、裁判所の判断は

林 孝匡

林 孝匡

給与体系の変更で知らぬ間に“減給”されていた? 承諾のサインをしてしまった従業員が「無効」求めて提訴、裁判所の判断は
新給与体系に関する説明はわかりづらかったという(nonpii / PIXTA)

「給与体系の変更にOKしたけど...」
「よく考えると給料下がるじゃん!」

一度同意してしまったので、あとの祭りか? と思いきや、裁判所は「新たな給与体系への変更は無効。会社は約37万円払え」と命じた。(東京地裁 R6.2.19)

不利益変更については「心の底から同意していたか?(真意に基づく同意があったか)」が問われる。サインしたから負け、というわけではない。

以下、事件の詳細だ。

事件の経緯

■ 当事者
会社は、貨物自動車運送などを行っており、給与体系の不利益変更を訴えたXさんはトラック運転手である(判決文には原告5名が記載されているが、本記事ではXさん1名に焦点を当てる)。

■ 手当の整理
この会社の給与支払い方法は、やや複雑だった。15項目の手当があり、従業員に支給されるものもマチマチだったのである。

そこで会社は、手当を10項目に整理することとし、運転手を対象に説明会を開催した(詳細は後述するが、そのうち5つの手当は基礎賃金に含まれることとなり、結果、残業代計算の際にXさんに有利となった)。

その後、会社は新たに労働条件通知書を作成したが、Xさんには渡されなかった。

■ 未払い賃金払え〜
約3年後の春。多数の従業員が会社に対して未払い賃金を請求した。理由は、▼給与の計算方法がわかりにくい▼各種手当が稼働時間に見合わない▼残業代を計算する際の単価が低いなどである。

会社が調査した結果、たしかに未払い賃金があることが判明。社労士と協議の上、わかりやすい給与体系に刷新することにした。

■ 新たな給与体系
これが裁判で問題となったシーンである。約1年後、会社は、新たな給与体系を説明するための説明会を開催した(2回・各45分。従業員89名が参加)。

取締役は「これまでの給与体系における残業単価は最低賃金を下回っていたため、法令違反を改善するために新たな給与体系に変更することにしました」などと説明。

これを聞いたXさんは「なるほど! わかりやすい!」とは【ならなかった】はずだ。なぜなら、裁判になったあとに裁判官が「新給与体系に関する説明会における説明内容や説明資料を見ても、給与体系が変更された場合の不利益について内容や程度を十分に把握することは難しかったであろう」と判示しているからである。

しかし、Xさんは新たな給与体系に同意した。

■ 提訴
その後・・・どこかの段階でXさんは「コレはおかしい。私たちの給料が減るじゃないか」と気づいたのであろう。裁判に踏み切る。

「新なた給与体系になれば従業員にとって不利益となる可能性について説明がなかった」として、▼給与体系の変更は認められない▼各種手当は基礎賃金に含まれる(=残業代計算の際の単価に含まれるべき)と主張、提訴した。

裁判所の判断

Xさんの勝訴だ。裁判所は「Xさんが自由な意思により同意したとはいえないので新たな給与体系への変更は認められない」「各種手当は基礎賃金に含まれる」旨判断し、会社に対して約37万円の支払いを命じた。

■ 新給与体系への変更が認められるか?
会社から「これにサインしてくれないか?」と言われて、よくわからないままにサインしてしまったとしても、今回のように勝てることがある。不利益変更の際のサインについては、最高裁が以下のとおり判示しているからである。

「労働者の自由な意思に基づいているかどうかという観点からも判断されるべき」(最高裁 H28.2.19)

今回の事件では、以下の事情を考慮して裁判所は「Xさんの自由な意思により同意したとはいえない」と結論付けた。

・新たな給与体系を見て、各種手当が基礎賃金に含まれるかどうかを認識することは難しかった(筆者注:手当が基礎賃金に含まれれば残業代がアップする)
・各種手当が基礎賃金に含まれることを前提に残業代を計算すると、新給与体系への変更は従業員にとって著しい不利益を含むものであった
・手当整理の際、労働条件通知書の控えはXさんに渡されなかったので、新給与体系への変更説明会で説明を聞いても自分の基礎賃金の範囲すら正確に把握することは難しかった
…etc

というわけで、これまでの給与体系に基づいて残業代が計算されることになった。

■ 各種手当が基礎賃金に組み込まれるか?
各種手当が基礎賃金に含まれれば残業代を計算する際の単価がアップするため、従業員にとっては死活問題だ。

結論から言うと、Xさんの主張がおおむね認められた。【時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当、特務手当(固定/変動)】が基礎賃金に含まれることとなった。

〈解説〉
手当が残業代といえるためには、①明確区分性(基礎賃金と手当とを明確に判別できること)、②対価性(その手当が残業代に対する対価として支払われていること)が必要だが、裁判所は「それらの要件を満たさない。よってこれらの手当は残業代とはいえないため、基礎賃金に組み込む(=残業代計算するときの単価がアップする)」と判断した。

もし【固定残業代で働かせ放題】を強いられている方がいれば、下記の記事も参考になるだろう。

「役職手当は残業代に該当しない」 新聞記者が会社を訴え“90万円”勝ち取る…「固定残業代」“法的アウト”の基準とは?

最後に

基本的にはサインしたら一巻の終わりだ。コレは押さえていただきたい。

ただ! 不利益変更の際のサインについては、今回のように勝てることがある。しかし1番の対策は、サインする【前に】弁護士や外部の労働組合などの専門家に見てもらうことに尽きる。参考になれば幸いだ。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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