最終出勤日に上司から恨み節…退職者が“名誉毀損”を訴えた結果「慰謝料20万円」が認められたワケ
「恩をアダで返された」
営業会議で上司が部下に言い放った言葉である。
この日は部下Xさんの最終出勤日だった。上司は怒りが募っていたのか、Xさんへの恨み節を10分ほどツラツラ述べた。
その後、Xさんが名誉毀損を主張して提訴。慰謝料20万円が認められた。(東京地裁 R6.1.19)
以下、事件の詳細だ。
事件の経緯
■ 当事者
XさんはWebコンテンツの企画・開発やマーケティングを行っている会社の営業チームに配属され、顧客向けの企画書案などを行っていた。そのチームの最高責任者が、今回「恩アダ発言」をした上司だ。
■ Xさんが徐々に疲弊
判決文を見ると、Xさんは「休日の業務を強いられた」「残業せざるを得ない量の仕事を与えられた」「休日や深夜にも業務指示を出された」と主張しており、上司のチームに配属されてからどんどん疲弊していった様子が窺える(※ ただ、裁判所ではこれらの主張は認められなかった)。
■ Xさんが体調不良に
Xさんが上司のチームに配属されてから約2年後、Xさんは体調不良となってしまった。
■ 退職届を提出
その約3か月後(9月28日)、Xさんは「10月末で退職させてほしい。10月1日からは有給休暇を取得したい」と言って退職届を提出した。
■ 上司と押し問答
上司は、Xさんからの急な退職の申し出に戸惑ったのであろう。ビデオ通話でやりとりをした。(以下、判決文の内容を抽出して会話に再構成)
上司
「退職理由は何でしょうか? 転職先はどこでしょうか? われわれがX君の転職先を把握しておくことは、今後X君がさまざまな人間関係を維持していく上でも有益だと思います」
Xさん
「退社理由は体調不良です」(転職先は答えず)
上司
「(最終出勤日については)残る従業員に協力してもらえるスケジュールを組んでもらえるとうれしいです」
Xさん
「最終出勤日の変更には応じられません」
上司
「引き継ぎはどうするつもりですか? X君が引き継ぎの相手を決められると思っているのですか?」
Xさん
「基本的にはそう思っています」
上司
「それは違います。X君が私の要望をすべて断るのであれば、X君が後任者全員に頭を下げて引き継ぎを行うべきです。もう少し考えたいのであれば明後日(水曜)にもう一度話をしましょう」
■ けんかを売っているようですね
翌日(火曜)、Xさんは上司に「引き継ぎを開始しました」旨のメッセージを送信した。これを見て、上司がわなわな...。
上司
「明日(水曜)に一度、私に話すと言いましたよね。それ(引き継ぎ ※筆者の意訳)を勝手にすることは許されません。けんかを売っているようですね。こちらもしかるべき対応をします」
■ 営業会議(冒頭の「名誉毀損」と認定された会議)
翌日。他の社員も参加した営業会議で上司が不満をブチまけた。(以下、判決文の内容を抽出して会話に再構成)
上司
「Xさんは本日が最終出勤で、明日から有給休暇をとります。Xさんは『有給休暇は労働者の権利です』と言いました。私は『他の従業員が忙しいからもう少し待ってほしい』とお願いをしましたが断られました。私が『転職先を教えてほしい。X君と会社の利益になるので』とお願いをしましたが断られました」
話しているうちに、さらにヒートアップしてきたのだろう。
上司
「従業員の中には『Xさんを退職させるべきだ』『Xさんは自閉症や対人恐怖症ではないか?』という人もいましたが、私はXさんの資料作成能力を評価していたのでこれを否定していました。Xさんの体調が悪くなったときも仕事をセーブしてあげてました。会社では自由な働き方を認めており時間管理もしていませんでした」
ここから恨み節がスタートする。
上司
「私がXさんに対してこうした配慮をしていたにもかかわらず、Xさんは労働者の権利という法律を持ち出し、私の指示を無視して引き継ぎを行ったことについて、恩をアダで返されたとしか思えません」
この後、上司の恨み節は10〜15分も続いた。
そして後日、Xさんは名誉毀損に対する慰謝料を求めて提訴した。
裁判所の判断
Xさんの勝訴だ。上司の恨み節について裁判所は「業務上の必要に基づくXさんへの叱責や他の従業員への説明という範疇を超えて、Xさんの名誉感情を著しく害する行為であり、Xさんに対する不法行為である」として、「慰謝料20万円払え」と会社に命じた。
Xさんは「他に5つほどのパワハラがあった」と主張したが、認められなかった。一部を抜粋する。
■ 引き止め
Xさんは「上司が転職先を追及してきて、退職届の撤回や退職時期の変更を求めてきた」と主張したが、これを裁判所は「セーフ」と判断。具体的には「転職先を確認したり、従業員を引き止めることが直ちに従業員の退職の自由を侵害する行為ということはできない」と述べた。
他の裁判例
社員に対する嫌がらせとしては、下記【仲間はずれ事件】の判例もある。(東京地裁 R5.10.25)
「なぜ私がやらないといけないか」仕事をえり好みした“問題社員”が解雇… 会社を訴え、裁判所に「慰謝料」認められた理由
この事件で会社がとった処遇は▼朝の定例会に出席させない▼共有サーバーへのアクセスを遮断▼勉強会に出席させないというもの。裁判所は「人間関係の切り離しで不法行為にあたる」と、会社に対して慰謝料30万円の支払いを命じた。
最後に
退職しようとする従業員に対して翻意を促したり、きちんと引き継ぎを行うよう要請することは問題ないが、怒りに任せて恨み節を述べると不法行為と認定されることがある。
辞める人は上司からグチグチ文句を言われがちなので、録音していたら慰謝料請求できる可能性がある。参考になれば幸いだ。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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