“馬運車”との事故「人生が終わる」「保険が下りない」はホント? ドライバー間でささやかれるウワサの真相は…【弁護士解説】
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昨年11月、X上で「高速道路でJRA(日本中央競馬会)の馬運車(ばうんしゃ)が事故を起こしていた」という投稿がなされ、多くのドライバーが“悲鳴”をあげた。
悲鳴の理由は、「馬や精密機器を運ぶ大型車と事故になると“とんでもない額”の賠償金を請求され人生が終わる」とのウワサがドライバー間でまことしやかに語られているためだ。
投稿への反応の中には「競走馬に対しては保険が下りなくて、賠償金とか全額出さないといけないって聞いた」など、ドライバーがぎょっとするようなものもあった。
“とんでもない額”とはいくらなのか。また競走馬に保険が使えないという話は本当で、ドライバーが自腹で賠償金を払う必要があるのだろうか。交通事故に注力する外口孝久弁護士に話を聞いた。
物損事故で認められた高額損害事例
交通事故による賠償金は、発生した「損害」の大きさによって決まり、基本的には損害と認定された額から、被害者側の過失相殺相当額を控除した額が加害者側に請求されることになる。
外口弁護士はこの「損額」が高額になるケースについて、馬運車のほか、精密機器や美術品など高価なものが積載された車、産業廃棄物処理車などの特殊な車両との事故などを挙げ、「通常の乗用車同士の事故に比べて損害が高額で、それに伴い賠償金も高額になるのは間違いないと思います」と話す。
では、これまで実際に認められた高額の「損害」とは、具体的にいくらなのだろうか。
馬運車が絡む事故で損害額が支払われた事例を探すことはできなかったが、裁判上で物損(物件)事故に認められた損害額の最高は2億6135万円だった(神戸地裁1994年(平成6年)7月19日判決)。
高速道路を走行していた運送会社のトラックドライバーが、吸っていたたばこを床に落としたことに気をとられ脇見運転となり、前方の車に追突し、衝撃で対向車線にはみ出して横転・炎上。積載されていた呉服・紳士服・毛皮などが全焼した事故で、積み荷の荷主が事故を起こしたドライバーと運送会社に損害賠償を求めたケースである。
ついで、玉突き事故の結果パチンコ店が被害物件となった事故では、1億3450万円の損害が認められ(東京地裁1996年(平成8年)7月17日判決)、最初にセンターラインを越えて事故を発生させた乗用車の運転手側(※運転手は事故で死亡したため保護者)に請求された。
※いずれも損害保険料率算出機構「自動車保険の概況(2023年度版)」参照。裁判所が認めた損害額は、被害者の過失相殺相当額を控除する前の金額で、実際に加害者側が支払った賠償額とは異なる。
「対物保障無制限」の保険に入っていれば安心なのか
以上の事例から、物損事故でも場合によっては賠償額が非常に高額になり得ることは事実といえる。では「競走馬には保険が使えない」というウワサも本当なのだろうか…。
任意保険の基本補償には、事故により他者が死傷した場合に賠償を行う「対人賠償保険」と、他人の車や建物など所有物を壊してしまった場合に賠償を行う「対物賠償保険」がある。
このうち「対物賠償保険」を「無制限」で契約していれば、仮に事故の加害者となり高額な賠償金が請求されたとしても、負担するべき賠償金は保険会社から無制限で支払われる。
しかし、もし競走馬に対して保険が使えないとすれば、高額な賠償金を個人が自腹で負担することになってしまう…。
ドライバーとしては不安に感じる話だが、外口弁護士はこれに異論を唱える。
「全保険会社の約款を確認したわけではありませんが、法律上、競走馬は『物』として扱われますし、メジャーな自動車保険の約款を参照すると、競走馬等の動物を明確に排除する条項も見当たらなかったため、通常通り、対物賠償保険で損害をカバーできると思います。
ただ、加害者側の保険が、法人向けの業務用の自動車保険である場合、保険からの支払い額が高額になるとその分だけ保険料が大きく増加してしまうことがあるため、『対物賠償無制限の保険に加入していれば金銭的な負担はなにも考えなくてよい』とは言い切れません」(外口弁護士)
保険会社が支払ってくれない可能性はある?
SNS上には「対物賠償無制限なら大丈夫って…競走馬に何かあればウン百億を請求される可能性もあるのに、そうそう簡単に保険屋が応じるかよ」と、保険会社が賠償金を支払わない可能性について指摘する投稿もあった。
外口弁護士は「加入している対物賠償無制限の保険が使える状態であることが前提ですが」としつつ、この投稿に対しても反論する。
「保険会社は、事故と『相当因果関係』(加害行為からその損害が生じることが社会通念上相当といえる関係)がある損害には賠償金を無制限に支払います。
仮に『保険屋が応じない』とすれば、それは『相当因果関係の範囲外』の損害についての賠償を行わないだけで、加害者が自腹で支払うということではありません」
実際には保険が使えないケースも…
ただし、保険が使えないケースも確かにある。それは「危険運転で事故が発生した場合」だ。
「たとえば、あおり運転で事故を起こせば、保険の免責事項である『故意による事故』に該当する可能性があります。そうした場合には保険が使えませんので、高額の賠償金を加害者が自腹で負担する必要があります」(外口弁護士)
どんな相手と事故を起こすかではなく、「危険運転」が結局一番高くつくということだろう。
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