東京スカイツリーの「商標権管理」は厳しすぎ!? 「一般的道徳に反する」ハンバーグレストランへの“無理筋クレーム”に特許庁は…

あのマーク見たことある、あの名前知っている。企業が自社の商品やサービスを、他社のものと識別・区別するためのマークやネーミング。それらは「商標」と呼ばれ、特許庁に商標登録すれば、その保護にお墨付きをもらうことができる。
しかし、たとえ商標登録されていても、実は常に有効な権利とはなり得ない。そもそも商標登録には、いついかなる場面でもそのマークやネーミング自体を独占できる効果はない。
このように商標制度には誤解が多く、それを逆手にとって、過剰な権利主張をする者も後を絶たない。商標権の中には「エセ商標権」も紛れているケースがあり、それを知らないと理不尽にも見えるクレームをつけられても反撃できずに泣き寝入りするリスクがあるのだ。
「エセ商標権事件簿」(友利昴著)は、こうした商標にまつわる紛争の中でも、とくに“トンデモ”な事件を集めた一冊だ。
第8回で取り上げるのは東京スカイツリー。下町にそびえたつ日本一高いタワーは、そのまま塔下を見下ろすような上から目線で“エセ商標権”を行使。周辺では煙たがられているとの話も…。(全8回)
※ この記事は友利昴氏の書籍『エセ商標権事件簿』(パブリブ)より一部抜粋・再構成しています。
厳し過ぎる「商標ビジネス」を疑おう
日本を代表するランドマークのひとつ、東京スカイツリーは、その形状や名称の使用に「うるさい」といわれている。
東京スカイツリーを運営するのは東武鉄道と東武タワースカイツリーで、東武タワースカイツリーに「東京スカイツリーライセンス事務局」なる部局がある。同社サイトによれば、ここが「東京スカイツリーに関する知的財産(名称・ロゴマーク・シルエットデザイン・完成予想CG等)」を管理しており、「これら知的財産は事務局の許諾なしには使用する事はできません」と宣言されている。
だがこの宣言自体、法的にはかなりのまやかしが含まれていると言わざるを得ない。知的財産権を侵害せずに、スカイツリーの名称や写真を利用することは十分に可能だからだ。法律上、スカイツリーのような建築の著作物の著作権は大幅に制限されており、例えば自分で撮った写真などをポスターやパンフレットなどのイメージカットとして利用することには問題がなく、多くの場合、商標権や不正競争防止法も無関係である。
一方、スカイツリーは、その開業当初から、商標権を活用したライセンスビジネスを収益の柱として位置付けており、さまざまな企業からライセンス料を徴収したり、本来は知的財産権では独占できないはずの旅行会社のパンフレットで使われるようなスカイツリーの外観写真にさえ、にらみを利かせているという。こうした同社の姿勢について、「旅行会社の冊子まで事前チェックするのは珍しい」「東武の商標権管理は厳しい」と評す声がある*1。
*1 『フジサンケイビジネスアイ』2012年5月15日 鈴木正行「東武『商標ビジネスも収益の柱に』」
「634」の数字といえば、東京スカイツリー!?
だが、同社の商標権管理は、厳しいを超えてやり過ぎである。スカイツリーを少しでも連想させるような商標登録を見つけては、無理筋な理屈をつけて登録を取り消そうとしているのだ。
例えば、「いきなり!ステーキ」などで知られるペッパーフードサービスが運営していたハンバーグレストランの店名「東京634バーグ」に対して、同社は以下のように主張している。
<「東京634」の文字は、634mの高さを誇る我が国において著名な「東京スカイツリー」を想起させるものである。>
だからこの店名は東京スカイツリーの著名性に便乗する意図があり、「一般的道徳に反するとともに、競業秩序の維持という法目的からも是認できない」とまで言うのだが、大げさである。
東京スカイツリーの高さは634メールという事実すら、一般常識とまではいえないし、仮に「東京634バーグ」から「東京スカイツリー」を想起する人がいたとしても、両商標では地名の「東京」の2文字しか一致しない、まったく別の言葉である。「東京スカパラダイスオーケストラ」の方が4文字一致しているだけまだ近い。こんな異議が許されるなら、スカパラも、東京スカイツリーに対して「一般的道徳に反する」とクレームすべきだ。
これに対し、特許庁は、「東京」からも「634」からも「東京634」からも、「『東京スカイツリー』を想起させるような意味合いは生じない」と、スカイツリー側の主張を全否定して退けている。
ロボットの股下にものすごい執着を見せる東京スカイツリー
「菓子やおみくじに使われている「押上ロボ」(図1)の商標は、股下の形がスカイツリー風のシルエットになっている。これに対して、東武スカイツリーは以下のように主張している。

<著名な「東京スカイツリー」の特徴的な外形形状を本件商標の一部(ロボットの股下部)に用いた巧妙な模倣〔であり…〕、一般的道徳観念に反して公正な競業秩序を害するとともに、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあ〔る〕。>
巧妙な模倣…って、巧妙過ぎて、もはや似ていないのである。ここまで似ていないのに、「一般的道徳観念に反して公正な協業秩序を害する」「公の秩序又は善良の風俗を害する」とまで言ってのけるセンスはすごい。思わず、指摘する側の道徳観念を疑ってしまう。ロボットの股下にこんなにも執着を見せたのは、『鉄腕アトム』以来の長いロボットキャラクターの歴史の中でも、東武タワースカイツリーらが初めてであろう。
この主張に対して特許庁は、「ロボットの股下部分の輪郭線は、ロボットの脚の図として認識できるものであって、〔…〕この股下部分のみに着目して取引することはない」と、ごく真っ当な認定で退け、東武タワースカイツリーらが負けている。
細身の高層タワーは、全部スカイツリーだ!?
極めつけは、JVCケンウッドが登録したカーナビの商標(図2)に対する主張だ。図形中に描かれているタワーのイラストに着目し、「明らかに著名な『東京スカイツリー』である」と断言したのだ。その理由というのがすごい。

<全体的に細身の形状をしている。>
<足元に広がるビルなどの約4倍もの高さを持ち、周りの風景から突出している。>
タワーは、全部そうだろ! いったい、世界のどこに、全体的にずんぐりむっくりした、周りのビルと高さが変わらない、周囲の風景に埋没したタワーがあるというのだ。むしろ、実際の東京スカイツリーと比べると、展望台の個数や形状が異なるではないか。だがその点について、東京スカイツリーは
<展望台の形状とその個数が異なる以外、特徴が同じである>
と堂々たる主張。しかし、タワーの建築デザインとして個性が表れやすい展望台の違いを矮小化して、タワーであれば共通して当たり前の「細身の形状」「周りの風景から突出」を重視するこの姿勢はどうだろう。まるで、「ホンダのステップワゴンとロールスロイスはそっくりだ。どちらも丸いタイヤが4個ついている」と言うかの如き詭弁である。
このような主張が認められるはずもなく、特許庁は、実際の東京スカイツリーと、ケンウッドの商標のタワー部分を比較すると「外観上の特徴において明らかな差異がある」と喝破して、東武タワースカイツリーらの訴えを退けている。当たり前である。この他にも、多くの異議申立で彼らは負け続けている。
地元企業に嫌われたくないくせに、異議連発の矛盾
このような異議申立の傾向から、東京スカイツリーを少しでも連想させ得る言葉やイメージは許容しないという東武タワースカイツリーらの姿勢がよく分かる。
一方で、東武鉄道と東武タワースカイツリー社は、東京スカイツリーの基本理念として、公式サイトで「地域とともに東東京エリアの新たな交流、観光、産業拠点を形成し、地域社会の活性化を牽引するとともに、国際観光都市東京の実現に貢献します」などと共存共栄を謳っており、矛盾した姿勢に思える。
こうした理念を掲げるのであれば、周辺企業の合法なあやかりビジネスを排除するのではなく、受け入れるべきである。それこそが、観光名所が地域社会に溶け込むうえで必要な度量ではないだろうか。
なお、東京スカイツリー関係の異議申立のうち、いくつかは、東武タワースカイツリー並びに東武鉄道の名義ではなく、同社らの代理人を務める弁理士と同姓同名の個人によって提起されたものである(本稿「東京634バーグ」「押上ロゴ」に対する異議申立もそうである)。本稿では、東武タワースカイツリーらのダミー名義と推認して記述したことをお断りしておく。
ちなみに、これらダミーと思われる個人名義が使われた異議申立は、すべて東京スカイツリーが所在する東京都墨田区の企業や事業者に対するものだった。異議申立はしたいが、地元住民には嫌われたくないという矛盾が、よく表れている。
- この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

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