5歳児餓死事件「ママ友」関係につけ込む“邪悪”な手口とは? 「他人を支配したい」人から逃れる3つの心得
母親がママ友から精神的支配を受け、生活費などをだまし取られた上、当時5歳の三男を餓死させられるまでに追い込まれる…。
2020年、福岡県で発生した「5歳児餓死事件」の裁判が開かれ、福岡地裁は9月21日、「長時間飢えの苦しみを与えた犯行態様は余りにも残酷」などとして、赤堀恵美子被告(ママ友)に懲役15年の判決を言い渡した(赤堀被告はこの判決を不服として9月28日控訴)。
わが子を死まで追いやることとなった母親(碇 利恵被告。懲役5年の一審判決を不服として控訴)に対して、疑問と責任を問う声がある一方、特殊ともいえる人間関係から逃れる術がなかった絶望的な状況に対して、少なからず同情する意見もあった。
他人がいつの間にかその周辺にある人間関係を破綻させ、断絶のすき間に入り込み、その人・家族の財産や尊厳を根こそぎ奪い取る事件が発生することがある。その度に、「なぜ逃げなかった」「他に相談する人はいなかったのか」との可能を抱く“普通の人”も多いかもしれない。そこにはどのような精神的メカニズムが作用しているのか。
「ママ友」という“微妙”な関係性
今回の事件でクローズアップされたのが「ママ友」という関係性だ。事件を深刻化させた何らかの要因となっているのだろうか。
「お互いの子どもを人質にとりあっているような関係です」
社会心理学者として、カルトのマインドコントロールやコミュニケーションの研究を行っている、立正大学心理学部 対人・社会心理学科西田公昭教授は「ママ友」の特殊な関係性の一側面について説明する。
いわゆる「ママ友関係」は、自分(親)の好き嫌いだけで、離脱することはできない制約が発生しているという。なぜなら、学校などでの子どもたちの関係を守ることがひとつの側面としてあり、いやがおうでも付き合わなくてもいけないからだ。
したがって、ある意味、「親しさ」を必要する関係だが、そこには好き好んで親しくなってはいない“微妙な関係性”でつながっている危うさが常にある状態ともいえる。
「本当に親しかったらいろんなことを直接聞けますが、そこまで親密ではないので、カドが立つから本音を言えず、我慢します。その一方で、他の家族を探り、何か悪く言われていないかの情報は欲しがる。明確に普通の仲の良い友達関係とは異なる特殊な関係性といえます」(西田教授)
ただし、今回の事件に関しては、「ママ友だからやりやすかった面もある」が、それが直接的な要因ではないと西田教授は話す。
「ひとりの人間が持つとんでもない野心、野望、目的が動機となっている。事実認定としては難しいですが、(赤堀被告は碇被告が)うらやましかったということと、そしてお金が欲しかっただけではないでしょうか。そういう動機を持った上で、人に同情しない、うそを平気でつける、“サイコパス的資質”を持った人間が引き起こした事件です」
さらに、この事件の両者の関係性を「洗脳」で語ることには注意が必要と西田教授は続ける。
「洗脳は本来虐待的、暴力的な支配関係のもとで行われますが、今回はそれがありません。また、マインドコントロールや心理操作の中に、場合によって「洗脳」が存在するというのが心理学における考え方です。メディアでは混同されていますが、これまでの裁判からの整合性からすると区別した方が良いと思います」
個人の肥大化した欲望が強いた、マインドコントロールによる特殊な「主従関係」に支配され、碇被告は引き返せないところまで追い詰められたという形だ。
誰しもが持つ「解決困難な悩み」
生活環境・性格も含め、マインドコントロールの意図を持った相手に対し、「支配されやすい」タイプの類型のようなものはあるのだろうか。個別具体的によって異なるのが前提で、類型化は難しいとしながら、西田教授は次のように話す。
「問題が発生しても、身近に相談できる相手もいない。周りの人との関係に誠実で、不安、焦りに弱い。早く解決しないと気が済まない、耐えられない。そして白黒はっきりつけたがる…。脆弱(ぜいじゃく)性としてはそのような要素は関係しているかもしれません。しかし、意志が強く、『自分だけはそんなに弱くない』と思い込んでいる人でも支配される可能性があります」
今回の事件でいえば、悪意を持つ相手に「悩みごとを作られてしまった」というパターンであるという。
子ども同士のいざこざやけんかなどが起きる不安、何か夫婦や親子でうまくいかないことなど探せば、誰でも持っているもの、あるいは時としてそういうことが起きるもの。それに対し、『何らかの原因や責任』が当人にあるように誘導する。
支配しようとする側は、「支配しやすいターゲット」を探す鼻がきく。日頃からウソついて、ダマしやすいかどうかの“テスト”している状態だという。「何バカを言ってるの」と言い返し、まったく取り合わないというような強い対応を常に見せる人はターゲットにはなりにくい。
ママ友のような微妙関係では、ウソがばれそうになると一時しのぎの言い逃れをして、あとは適当に付き合っていけばいいから、みんなで非難されるような問題になることはない。ウソをしかけることにリスクはないのだ。
「両者の関係は、SNSでの交流が始まってから、一緒に住んでいる以上の深いコミュニケーションとなりました。周りとの関係を分断させるツールとしては悪い意味で機能してしまったのです。ただしSNSは促進材料に過ぎません。必要条件となるのは、やはり誰もが持つ『何らかの解決困難な悩み』です。
今回の事件では、「夫の浮気」でした。疑心暗鬼になり、家族の絆が揺らぐ、代表的なものが男女の問題です。どなたにおいても、もしかしてあり得るということではないでしょうか」(西田教授)
他人との関係で警戒すべき三つのキーワード
他人との関係性を築く上で、疑心暗鬼になりすぎるのも息苦しい。しかし、このような事件(被害)や、関係性に取り込まれたくはない。個人がママ(パパ)友、職場、親子、親戚縁者、近所づきあいなどで、気を付けるべきことや、心構えのようなものがあるのだろうか。
西田教授は、注意すべき以下三つのキーワードをあげる。
①人間関係への悪口
「これまで自分が大事にしてきた関係を、引き裂くようなことを言ってくる人がいれば気を付けましょう。夫婦関係、親子関係、友達関係に水を差してくる。つまり今まで大事にしてきた関係を悪く言う、人の悪口をいう人には警戒しなくてはなりません」
②不安・恐怖
「『不安・恐怖』を相手から与えられたら、それもまた気を付けないといけません。あるいは、不安・恐怖の源泉は別の誰か(ウソも含む)であるのだけれども、それをあおって追い込みながらも、『私がそれを助けてあげるから』と全て指示に従えば絶対に解決できるかのように言ってくるような人。「怖い・不安」だからいうことを聞け、というような依存関係を強いてきたら、離れた方が賢明です」
③お金
「どのような関係であれ、お金が足りないなどと言って無心してくるようなパターンはいうまでもなく要注意です」
“マインドコントロールされない”ための第1歩とは
前出①~③に注意した上で、人との付き合いグループを複数持つ、ということも大切だと西田教授は続ける。
「Aで起きた問題はBグループに相談し、さらにそこでは本気で言い合える親密で信頼できる関係性が必要です。単一の仲良しグループだけの社会・コミュニティーに住んでいると危ない。ただ、そういうコミュニケーションが得意でない人が狙われやすいという側面があるのも否めません。
そこで大事になってくるのは「意識」を持つということです。まさかこんな良い人がと思うほどの身近な人でも自分を支配しようとする可能性がないとは言い切れないという意識です。
マインドコントロールはカルトだけではありません。残念でしょうが、身近にいる「スゴい人」「善人」に見える個人が仕掛けてくるかもしれないということ。そこの知識があるだけでも全然違います」
人が他人との仲を裂こうとしたり、恐怖・不安を与えてきた時に、「おっとアブナイ」という危機感や、マインドコントロールでないかという可能性を考えることが、事件を回避するために大事な心得だという。
「私に限ってそんなことは絶対ない」と言い切ることはできない。マインドコントロールは特別な環境や道具がなくとも、コミュニケーションだけで人を支配できるからだ。「自分が被害に遭う可能性」を受け止めてないと、気がつかない内に支配されてしまうかもしれない。
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