「家庭内殺人」はなぜ起きてしまうのか? “エリート家族”の不都合な事実
大手製薬会社・第一三共に勤める研究員の男が、毒性のある「メタノール」を妻に飲ませて殺害したとして、東京地検に殺人の罪で起訴された。男は逮捕後、警視庁の調べに対し容疑を否認していたというが、夫婦は以前から喧嘩が絶えず、警察に相談したこともあったという。
夫は北海道大学大学院、妻は京都大学大学院を修了後、ともに研究員として第一三共に同期入社した、世間的に見ればいわゆる“エリート”属性である。妻は結婚後に退職したというが、同社社員の平均年収は1000万円余りとも言われており、経済的な余裕もあったはずだ。
お互いに新しい人生を歩むための選択肢はいくらでもあったのではないかと思われるが、なぜ「殺害」という手段を選ばなくてはならなかったのか。
“エリート家族”の殺人事件は珍しくない
“エリート家族”間でのトラブルの末、殺害までに至ったという事件は、これまでも度々発生している。
- 新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件(2006)
大手証券会社に勤める夫の頭部を妻がワインボトルで殴って殺害後、遺体をノコギリでバラバラにして新宿区の路上や渋谷区の民家に遺棄した。夫婦にはともに不倫相手がおり、妻は夫からDVを受けていたと供述したという。 - 渋谷区短大生切断遺体事件(2007)
歯科医一家(父母、父方の祖父母が歯科医師、長男は大学歯学部の6年生、次男は歯学部を目指し三浪中の予備校生、妹は短大2年生で女優を目指し活動中)で起きた殺人事件。次男が妹に「夢がない」となじられたことから渋谷区内の自宅で殺害し、遺体をバラバラに切断した。 - 20歳の慶応大生が父を刺殺(2018)
慶応大2年生だった長男(当時20歳)が自宅で父親を刺殺した。父親も慶応大出身、いわゆる“教育パパ”で、長男は身体的・精神的DVに苦しんでいたという。 - きらぼし銀行元行員が妻を殺害・遺棄(2018)
元銀行員の夫が自身の母親と共謀し妻を殺害・死体遺棄した事件。夫は銀行の新卒採用ページでも紹介されるなどエリート街道を歩んでおり、母親は会社経営をしていた。夫は「強迫性障害」と診断された妻からの暴力や強制に苦しんでいたという。 - 超エリート官僚が息子を刺殺(2019)
元農水事務次官が東京都内の自宅で当時44歳の長男を刺殺した。被告は長年、息子の家庭内暴力に悩まされてきたという。
殺人を犯すのは“極悪人”だけではない
人がうらやむような社会的地位や収入を得た、いわゆる“エリート家族”の中で、なぜ殺人事件が起きてしまうのだろうか。新潟青陵大学大学院で社会心理学を研究する碓井真史教授に聞いた。
「人が殺人に至る心理というのは、究極のところはよくわかりません。しかし、ひとつ言えるのは、殺人は必ずしも“極悪人”や“犯罪のプロ”だけがするわけではないということです。
たとえば何か秘密を知られたとき、日常的に悪いことを考えている人であれば『黙らせるためにお金を積む』『相手の弱みを握って脅す』など、なるべく自分が罪に問われにくい方法を考えるはずです。
しかし、犯罪との接点がなく、ケンカのやり方も知らないような人たちほど、そういった発想には至らず、非常に思いつめた状況の中で、人が死ぬようなことをやってしまうのかもしれません。そういう意味では、自殺に近い感じもします」(碓井教授)
“エリートならではの弱さ”が引き金に
また碓井教授は、“エリートならではの弱さ”も指摘する。
「ひとつは、『エリートだからこそ失いたくないものがある』ということです。
たとえば『お前の秘密を見たぞ、バラしたら人生終わりだぞ』と言われたときに、失いたくない社会的地位があればあるほど、その脅しはキツイはずです。そして、それを回避するための“あの手この手”が思いつかないので、『アイツを殺して俺も死ぬ』的な発想になるのではないでしょうか。
金銭的に困窮した場合でも、『生活保護を受けて、豪邸を手放して、小さなアパートからやり直せばいいよね』と思える人であれば、『自殺』という選択肢は考えないはずです。
同じように、夫婦関係が破綻しかけたときに『離婚なんて珍しいことではない』と思える人と、『離婚なんてしたら自分の評判が下がる』と発想する人では、夫婦間の衝突も意味合いが違ってくるのではないでしょうか」(碓井教授)
光が強ければ影が濃くなる
そしてもうひとつ、「エリートほど人に相談しづらい」という問題もあると碓井教授は言う。
「2019年に元農水事務次官が息子を刺殺した事件では、父親の立場から考えるに、息子の問題について相談できる人脈なんて山のようにあったと思います。
しかし、多くの人が自分の顔や名前を知っていたり、『あの家庭はしっかりしているはずだ』という眼差しを周囲から向けられている人にとって、家庭の問題を外部に相談するハードルは、非常に高いのではないでしょうか」(碓井教授)
どれだけ社会的地位が高く、経済的に豊かであっても、「家族の問題はどの家でも起こり得る」と碓井教授は続ける。
「“光が強ければ影が濃くなる”と言いますが、周囲が『○○さんのところなら』という見方をすれば、本人たちも無意識にそれに応えなければならないと感じてしまうはずです。
社会的地位が高いのは、それはそれで結構だと思います。しかし、どこの家にも家族の問題は起こり得るということを、本人たちも周りも理解するのが大切なのではないでしょうか」(碓井教授)
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