ドラマ『エルピス』でも話題 “冤罪(えんざい)事件”における「再審請求」の難しさとは?
フジテレビ系ドラマ『エルピス ―希望、あるいは災い―』(カンテレ制作)が話題となってる。
内容は、報道番組を降板させられた「大洋テレビ」の落ち目のアナウンサー・浅川恵那(長澤まさみ=カッコ内は演者・以下同)が、若手ディレクターの岸本拓郎(真栄田郷敦)と共に、連続殺人事件の冤罪(えんざい)疑惑を追うという社会派サスペンス。
劇中では、少女3人が神奈川県の山中で連続して何者かに殺害された「八頭尾山連続殺人事件」で、2006年に逮捕され、2016年に最高裁で「死刑判決」が確定した松本良夫死刑囚(片岡正二郎)の冤罪疑惑を追うことになる。
色濃く出ている「足利事件」の影響
もちろんドラマなので、話はフィクションなのだが、ドラマ冒頭、タイトルバックの最後には、こんな一文が現れる。
「このドラマは実在の複数の事件から着想を得たフィクションです」
さらにエンディングロールでは、「参考文献」として以下9冊の本のクレジットが2回に分けてズラリと映し出される。
- 菅家利和「冤罪 ある日、私は犯人にされた」(朝日新聞出版)
- 菅家利和 佐藤博史 「訊問の罠―足利事件の真実 」(角川oneテーマ21)
- 清水潔「殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―」(新潮文庫)
- 小林篤「足利事件 冤罪を証明した一冊のこの本」(KODANSHA)
- 佐藤博史「刑事弁護の技術と倫理―刑事弁護の心・技・体」(有斐閣)
- 下野新聞社編集局(編)「冤罪足利事件―「らせんの真実」を追った400日―」
- 佐野眞一「東電OL殺人事件」(新潮文庫)
- 高野隆、松山馨、山本宜成、鍜治伸明「偽りの記憶―「本庄保険金殺人事件」の真相」(現代人文社)
- 日本弁護士連合会人権擁護委員会「21世紀の再審 えん罪被害者の速やかな救済のために」(日本評論社)
ある夕刊紙記者はこう話す。
「なんと9冊中5冊が、『足利事件』に関するものです。“実在の複数の事件から着想を得たフィクション”とうたっているものの、『足利事件』の影響が色濃くあることは明らかです」
事件とは無関係の人間が「無期懲役」に…
「足利事件」とは、有名な冤罪事件のひとつだが、ウィキペディアでは、以下のように説明されている。
〈1990年(平成2年)5月12日、栃木県足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明になり、翌13日朝、近くの渡良瀬川の河川敷で、女児の遺体が発見された、殺人・死体遺棄事件。
事件翌年の1991年(平成3年)、事件と無関係だった菅家利和(すがや としかず)が、被疑者として逮捕・被告人として起訴された。
菅家利和は、刑事裁判で有罪(無期懲役刑)が確定し、服役していたが、遺留物のDNA型が、2009年(平成21年)5月の再鑑定の結果、彼のものと一致しないことが判明し、彼は無実の冤罪被害者だったことが明らかとなった〉
菅谷さんは、逮捕から実に18年3カ月を経た2010年3月26日に、再審請求によるDNA再鑑定で、ついに「無罪」を勝ち取り、裁判長は菅谷さんに謝罪した。「シロをクロ」と言わせるための、菅谷さんに対する暴力的な取り調べの実態についても、世間に知られることとなった。
しかしながら、通常、こうした「再審請求」が認められるには、あまりにも高いハードルがあるようだ。前出の夕刊紙記者が続ける。
「足利事件では、最高裁で無期懲役が確定したのが2000年7月、再審請求がなされたのは2002年ですが、それを宇都宮地裁は2008年2月に棄却。しかし、その後、東京高裁は、DNA型の再鑑定を認め、最終的に2009年年6月に、東京高検は刑の執行を停止して、菅家さんを釈放し、再審が開始されるのです。再審が始まるまでに、とにかく時間がかかるんです」
なぜ、「再審請求」はハードルが高いのか?
ドラマの中でも、再審請求の難しさについて説明するこんなセリフが飛び交う。
「日本の裁判所で再審請求が認められるケースって、年2、3件くらいしかないんで、“開かずの扉”って言われてる」(浅川恵那)
「再審請求はほとんど可能性がないからね(中略)再審請求して10年経って棄却って通知が来て、そっから即時抗告してまた回答待ちとか…通るまでに10年じゃなくて、棄却しますって返事が来るまでに10年よぉ〜(「人生終わるじゃん、そのうちに」と岸本拓郎に言われ、それを受けて)終わるよ〜。それが狙いなんやないやろか」(岸本拓郎の母で弁護士の岸本陸子〈筒井真理子〉)
こうした発言を実際の弁護士はどう見るか。犯罪や刑事事件の対応も多い杉山大介弁護士はこう解説する。まず、このドラマ全体については・・・。
「非常に真摯(しんし)かつ誠実に作られている作品だと思います。スタッフロールで出てくる参考文献を見るだけでも、『おお!』って感じがしますね。フィクションといえども、荒唐無稽な絵空事でなく、ある程度、現実に即して作られていると思います」
ドラマの中では「再審請求に時間がかかること」が描かれているが、それについてはどうか。
「確かに足利事件では、第一審棄却までに5年、今、問題になっている大崎事件(※)でも、第一審の棄却までに7年かかっています。検察側は再審を認める話が出てきても必ず上訴してくるので、最高裁まで行くと、あっという間に10年などの年月はかかってしまうんです。それは残念ながら、“普通のこと”です」(杉山弁護士)
(※「大崎事件」とは43年前に鹿児島県曽於郡大崎町で男性が遺体で見つかった事件。1980年までに殺人罪などの罪が確定し、10年間服役した義理の姉(95)は、一貫して無実を主張。現在、4回目の再審請求中)
そしてなぜ、再審請求はそこまでハードルが高いのか。杉山弁護士はこう続ける。
「再審請求の根拠は、刑事訴訟法435条によるものですが、通常、当事者や弁護士側から請求される場合、その条件は、6号に基づくものです。6号には『有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき』とあります。つまり、無罪にすべきだと“明らかな証拠”を“あらたに発見”したという場合において請求できるんです」
しかし、“明らかな証拠をあたらに発見”する難しさは並大抵のことではないだろう。
「再審は、『認定されたことを覆すに足りる蓋然性のある証拠をあらたに発見する』という条件なので、基本は認められないです。捜査が見逃した証拠というのはそうそうあるものではないし、仮にあったとしても時間の経過で消滅してしまうからです。また再審が認められた事件の場合、捜査側が証拠を隠し持っていたなどの非常に悪質でイレギュラーなことが起きていたりします」(杉山弁護士)
「自分たちの都合で弱い者を踏みつぶすもんですよ」
確かに、ドラマの中でも、主人公が「冤罪を暴くってことは国家権力を敵に回すってことだ」と元報道局勤務の上司に忠告されたり、再審請求を支援していた松本死刑囚の担当弁護士(六角精児)が「大きな権力と言うのは、それはそれは簡単に自分たちの都合で弱い者を踏みつぶすもんですよ」などと吐き捨てるシーンなどもある。つまり、捜査の不正や捜査に権力から圧力がかかることもありうる訳で、問題は根深そうだ。
こうした「再審制度」について、杉山弁護士はこう話す。
「3回で一応の結論をつけるという現状の裁判の仕組みを考えると、再審が極めて例外的な位置づけになるのは理解できます。本来はあってはならないことなのです。
初期段階から証拠開示の徹底など、『判決が確定してから何かが見つかる』ということなどがない方向で、制度を作っていくのが本当は望ましいと思います」
いずれにせよ、このドラマが、冤罪事件と再審制度に関して、世間に大きな一石を投じることになることは間違いなさそうだ。
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