「袴田事件」差し戻し審「最終意見書」が提出される 再審開始の可否の判断は来年3月までに
12月2日、いわゆる「袴田事件」の差し戻し審の3者協議(裁判所、弁護団、検察官)が東京高裁で開かれ、弁護側と検察側の双方が最終意見書を提出。5日には最終弁論が行われ、袴田巌さん(86)と裁判官との面談が実現した。
袴田事件の「差し戻し審」とは?
「袴田事件」は、1966年に静岡市清水区(旧:静岡県清水市)で、みそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件である。被告人として起訴された袴田巌さんは無実を訴え続けるも、1980年に最高裁で死刑が確定した。
その後、2014年に静岡地裁が再審を開始し、袴田さんの死刑および拘置の執行停止を決定、袴田さんは拘置所から釈放された。
2018年には東京高裁が静岡地裁の決定を取り消して再審請求を棄却したが、2020年には最高裁第三小法廷が「東京高裁の決定には審理が尽くされていなかった」として、高裁に審理を差し戻した。
以後、現在まで、再審を開始するか、改めて再審請求を棄却するか、を決定するための、「差し戻し審」が続いていた。
差し戻し審では、袴田さんが逮捕された約1年2か月後に現場近くのみそタンクから発見された、犯人のものとされる5点の衣類に付いた血痕の「赤み」が争点になってきた。
弁護側は実証実験を行い、専門的知見を根拠にしながら、「布に付着した血液が1年以上みそ漬けされた場合は、血痕に赤みが残らない」と主張。これに対して検察側も独自の実証実験を行い、実験の結果に基づいて「赤みが残る可能性もある」と反論している。
2日に提出した最終意見書で、弁護団は、みそ漬けされた血液の色に関する新証拠と旧証拠を総合すると、衣類が事件当時にみそタンクに入れられたことには合理的な疑いがある、と改めて主張した。
一方で、検察側は「刑の執行停止を取り消したうえで、身柄を収容すべきである」と主張。これに対して、弁護団は、検察側が行った実験には「みその量が少なすぎる」「赤みが残りやすい条件で実験したのに、赤みが残らなかった」などの問題があることを指摘。検察官の実験はむしろ「血痕に赤みが残らない」という弁護側の主張を裏付けるものである、と反論した。
5日に開かれた会見で、西島勝彦弁護団長は、静岡地裁の再審開始決定を取り消した2018年の東京高裁の決定(いわゆる「大島決定」)が「誤りであることが明らかになったと確信している」と語った。
袴田さんと裁判官の面談が実現
袴田巌さんは長年の拘置所生活が原因で「拘禁反応(拘禁ノイローゼ)」の症状を患っており、釈放後も、会話を成立させることが困難な状態が続いている。姉のひで子さんや支援者らは、袴田さんの言葉を「妄想の世界」のものと呼ぶ。
通常、刑事事件の審理においては、被告人と裁判官が会う機会が設けられる。しかし、拘禁反応が原因で、これまでの審理では被告人である袴田さんを法廷に呼ぶことは難しかった。 だが、5日の最終弁論では、袴田さんと裁判官3名との面談が実現した。
面談には検察官とひで子さんも同席。また、人が集まる法廷では袴田さんが会話するのは困難になることを配慮した裁判所は、法廷ではなく別室(裁判所内の打ち合わせ室)で面談を行う特別な手続きをとったという。
体調の問題から、「面談に袴田さんが来れるかどうかは最後までわからなかった」(角替清美弁護士)。また、面談においても袴田さんは拘禁反応のために「事件はない」「死んだ人はいない」と繰り返したり、「竜の年だ」などの意味の取れない言葉を発したりしていた。
しかし、角替弁護士やひで子さんによると「裁判官が袴田さんを見る目は優しかった」そうであり、袴田さんに「お身体はどうですか」などと体調を気遣う言葉をかけ、袴田さんの言葉にも丁寧な返答をしていたという。
2023年3月までに再審の可否が決定される
現在、再審請求人はひで子さんひとりである。弁護団は「ひで子さんに万が一のことがあった場合」を考慮して、村松奈緒美弁護士を再審請求人に加えて、今後は複数の再審請求人で審理を進行することを裁判所に申し立てた。裁判所はこの申し立てを承諾したが、弁護団によると、これは前例にない手続きである。
ひで子さんは、再審請求人として、以下の意見を裁判官に提出した。
「巌は56年間も無実を訴えて参りました。どうか再審開始のご判断をお願い申し上げます。そして巌は今だもうそうの世界でございますから真の自由をお与え下さいます様重ねてお願い申し上げます」(原文ママ)。
5日の最終弁論では、検察側は、2日に提出した最終意見書に証拠や陳述を追加することをしなかった。西島弁護団長は「再審開始は確信している」、ひで子さんも「再審開始決定はされると思う」と語った。
また、再審請求が認められなかった場合には即時に袴田さんの身柄を拘束するという検察側の主張に対して、弁護側は「そういうことは許されない。そのような主張は即時撤回せよ。最悪の場合であっても、身柄は別問題だ」(西島弁護団長)と答えたという。
再審が開始されるかどうかの決定は年度内、2023年3月末までになされる予定だ。決定がなされる日は30日前に予告されるため、遅くとも2023年2月末までには、決定日が判明することになる。
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