暴言、クレーム、ネットで誹謗中傷… それでも、「公共交通機関」が“迷惑客”を完全拒否できない理由

宮田 文郎

宮田 文郎

暴言、クレーム、ネットで誹謗中傷…  それでも、「公共交通機関」が“迷惑客”を完全拒否できない理由
公共交通機関で働く従業員は“カスハラ”の被害に遭いやすい(yamahide/PIXTA)

近年、暴言を吐く、理不尽な要求を長時間続ける、インターネットで誹謗中傷するといったカスタマーハラスメントが増加して問題となっている。あらゆる事業者がカスハラ客対策に苦慮しているが、ターゲットとなりやすい業種として挙げられるのが公共交通機関だ。

全日本交通運輸産業労働組合協議会が交通運輸、観光サービス業に従事する所属組合員を対象に行った2021年のアンケート では、直近2年に迷惑行為にあったと答えた組合員が46.6%にものぼった。そのなかでもタクシーは58.0%、バスは54.4%と特に高くなっている。

コロナ禍ではマスクの着用をめぐるトラブルも頻発し、カスハラに発展するケースも少なくない。ただ、“迷惑”の度合いには差もあり、事業者側は簡単には「お断り!」とも言えないようだ。

要望に応じない客を降ろしたバス会社が処分された事例も

コロナ禍でのマスク着用をめぐってトラブルに発展するケースも少なくない。例えば、路線バス内でマスク着用の要請に応じなかった乗客を降車させた静岡県のバス会社に対し、行政処分が下されたケースもある。もちろん、客側の要求はなんでもOKというわけではない。飛行機内でマスクの装着を拒否し、さらには客室乗務員を威圧して臨時着陸をさせた男性が、先日、大阪地裁で有罪判決を言い渡されている。

事業者側がアウトになることもあれば、客側がアウトになることもある。これは公共交通機関でも飲食店でも同じことなのだろうか。そもそも、事業者側が迷惑客の利用を断ることができる基準は、法令ではどう定められているのか。公共交通の事業者側と客側それぞれに求められる心構えも含め、ハラスメント研修の講師も務める中村明彦弁護士に話を聞いた。

公共交通機関は「原則として」客の乗車を拒めない

公共交通機関だけでなく、飲食店などさまざまな事業者が“カスハラ客”対策に頭を悩ませています。指示に従わない客に対して、事業者側が利用の拒否や途中退出を命じる権利を定めた法律、あるいは迷惑客でも受け入れねばならない義務を定めた法律はあるのでしょうか。

中村弁護士:どの事業者にも共通する基準や義務を定めた法律はありませんが、基本的な考え方として、法律では“私的自治”の原則があります。契約の場面でいえば、誰と、どのような契約をするかという点については、個人の自由な意思で決められることになっています。

そのため、一般の民間事業者は、事業者側の基準を決めた上で、利用の拒否や途中退出をさせることができます。もし、事業者側の指示に従わず、事業者のお店などから出ていかない場合、不退去罪が成立する可能性があります。ただ、これは飲食店のような一般の民間事業者の話で、公共交通機関や病院といった公的な機関やサービスの場合は、私的自治の原則が制限されます。

飲食店などとは違って、公共交通機関は簡単には利用を拒否できない、ということでしょうか。

中村弁護士:はい。なぜなら、公的な機関やサービスは、多くの国民が利用することが想定されており、独自の基準で利用を拒否されてしまうと、社会が混乱してしまうおそれがあるためです。

タクシーや公共バスについては、原則として客の乗車を拒めません(道路運送法第13条)。例外として、乗車を拒むことができる事由が法令に定められています。例えば、運転手を殴るなどした場合、悪天候で運行ができない場合には、乗車を断ることができます。

飛行機についても、原則として客の搭乗を拒むことはできず、「安全阻害行為」をしようとしている場合、または、「しようとしていると信ずるに足りる相当な理由」がある場合に、必要な限度で搭乗を拒むことができます(航空法第73条の4)。タクシーやバスに比べて、搭乗を拒むことができる事由が限定されていると言えます。

「刑事責任を負うような行為か否か」

客側の行為の可否に対する明確な基準などはあるのでしょうか。例えば以前飛行機でマスクを拒否し、緊急着陸させて問題となった男性の場合は、マスク装着の拒否ではなく客室乗務員を威圧したことが「安全阻害行為」と判断されたために、“アウト”ということでしょうか。

中村弁護士:ご指摘のとおり、その飛行機の事例は、単なるマスクの着用拒否を超えて、客室乗務員や他の乗客に対して大声をあげたりしたことが「安全阻害行為」に該当したと判断されたものと考えられます。

明確な基準という視点でいえば、「刑事責任を負うような行為か否か」という視点で考えるとよいと思います。例えば、マスクを着用せず飛行機に搭乗することは、それ自体では何ら犯罪行為に該当しません。しかし、自身がコロナウイルスに感染していることを認識ながら、マスクをせずに飛行機に搭乗し、客室乗務員や他の乗客に咳をはきかけるなどした場合には、傷害罪に該当する可能性があると考えられます。このように、刑事責任を負う可能性がある行為は、明確にアウトと言えるでしょう。

従業員のためにマニュアルの作成を

ここまでの法律を踏まえた上で、公共交通機関の事業者が「カスハラ」に対して心がけるべきことがあればお教えください。

中村弁護士:一般の民間事業者と異なり、公的な機関やサービスを提供している事業者であるという自覚がより一層求められると思います。現在はSNSの発展により、問題のある行動をとった従業員の情報はすぐに拡散されてしまいます。迷惑な客が出てきた場合の対応方針については、現場の従業員が迷わないよう、できる限り明確なマニュアルを作成した方がいいでしょう。

客側は、うっかりアウトな行為をしないために、どのような心構えを持つべきでしょうか。

中村弁護士:個人の思想や考え方は、誰かに縛られるわけではありません。そのため、マスクをつけないなど自身の思想や考え方を無理に変える必要はないでしょう。しかし、日本という社会で生きている以上、日本の法律に違反してしまうと、法的な制裁が待っていることはあります。権利を主張することと法律に違反しないことは両立するものだと思いますので、その点は注意が必要です。

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

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