性犯罪裁判の傍聴席は「おじさん」ばかり? 裁判所で目にした“噂の真相”は
「性犯罪の裁判は、傍聴席がおじさんで埋め尽くされる」
「廊下で猥談している男性たちがいた」
裁判傍聴を巡って、こうしたエピソードを聞くことがある。
インターネットの掲示板を見れば、「レイプ被害者の口から当時の状況を聞ける」「背徳感を得られる」といった、“エロネタ”収集目的で裁判傍聴をしていると思しき卑劣な書き込みがあることも事実だ。
果たして本当に、性犯罪の裁判には“不純な動機”で傍聴席に座る人たちが多くいるのだろうか。1月のある日、東京地裁・高裁へ足を運んだ。
この日の性犯罪裁判は「5件」
裁判は原則、誰にでも開かれたものであり、事前の申し込みなども必要なく傍聴できる。東京地裁・高裁の場合は、1階ホールにその日の開廷表が閲覧できるディスプレイが設置されており、訪問者はそれをもとに傍聴する裁判を決めることになる。
開廷表に記載されている情報は、裁判の開始時刻、法廷の場所、被告人名、罪名など。被告人の実名が報道されているケースなどを除けば、ほとんどの事件の具体的な内容については、実際に裁判を傍聴してみないと分からない。
この日、東京地裁・高裁で開かれていた性犯罪関連の裁判は5件。地裁では、被告人が初めて法廷に立つ「新件」が2件、すでに何度か裁判が開かれている「審理」が1件、高裁では控訴審の第1回が1件、判決が1件あった。
胸をつかみ「強制わいせつ」、傍聴人の男女比は半々
はじめに傍聴したのは、「強制わいせつ」の罪に問われている男の裁判(地裁・新件)。傍聴席の男女比は男性7人、女性8人と半々で、年齢層は40〜60代くらい。開廷ギリギリには、20代のカップルと思われる男女が入廷してきた。
裁判が始まると、まず裁判官が被告人の氏名、現住所、職業などを読み上げる。そして検察が事件当時の状況を詳細に述べ、傍聴人は事件の具体的な内容を知ることになる。
検察によれば、今回の事件で被告人の男は、「道端ですれ違いざまに見知らぬ女性の左胸をつかんだ」ことで、強制わいせつの罪に問われたという。
被害女性の心境を考えればゾッとするが、男は「胸をつかむ」以上のことはしておらず、事前に“覚悟”していたような内容が語られることはなかった。
冒頭5分ほどで傍聴人の男性が1人退出。途中入廷してきた男性もすぐに退出した。
“懲りない男”に傍聴席があきれた空気に包まれる
次に足を運んだのは、「強制わいせつ未遂」「強制性交未遂」に問われている男の裁判(地裁・新件)。こちらは男性10人、女性5人ほどで、中には六法全書を片手にメモを取る司法修習生(裁判官・弁護士・検察官の卵)と見られる若者も数人いた。先ほどの裁判で途中退席した男性の傍聴人は、この法廷には来ていないようだった。
被告人の男は酒に酔うと「ムラムラ」し、道端で見知らぬ女性に抱きつき、胸、陰部を触る、「エッチしよう、エッチしよう」と言って追いかけ回す、といった行為を数日おきに繰り返した末、警察に捕まったという。
証言台に立った男は、弁護人や検察官の問いかけにかぶせ気味で、モゴモゴと口早に「もうしません」「(原因は)アルコールです」「病院で治療します」「(被害者は)嫌だったと思います」などと回答する。
“その場しのぎ”とも聞こえるような受け答えに、検察官のみならず弁護人までもが、「被害者は『やだなあ』で済むと思うの?」「なんで?」と、まるで子どもを問いただすような口調で被告人に話しかける始末。言葉に詰まる被告人に、傍聴席にもあきれた空気が漂い、頭を抱える人もいた。
5分で閉廷、特徴的な傍聴人は現れず
次に向かったのは「強制性交等」「児童福祉法違反」に問われた男の控訴審(高裁・第1回)。傍聴席には50代くらいの男女が1人ずつ座っていた。
裁判では原則、被告人の名前は公表されるが、今回は秘匿となっていた。たとえば、被告人と被害者が家族関係にあるなど、被告人の名前が明らかになることで被害者の特定につながる可能性がある場合は、このような扱いになるそうだ。
この裁判は、事前に検察側と弁護側から提出された書類の確認のみが行われ、わずか5分ほどで閉廷。特徴的な傍聴人が現れることもなかった。
被害者の父親が意見陳述、沈痛な面持ちの傍聴人
続いて傍聴したのは、「強制わいせつ」「脅迫」の罪に問われた男の裁判(地裁・審理)。傍聴席には男性7人、女性3人がいた。
検察によれば、被告人の男は電車内で女子高生のお尻を触り、陰部に指を入れ、下着をおろすなどの行為を約14分間に渡って続けた。さらに、電車を降りた女子高生を駅構内で待ち伏せし、実際には写真が存在しないのにもかかわらず「さっきのかわいい写真拡散していい?」などと脅し、後をつけたという。
この日は被害者の父親が出廷して意見陳述し、悲痛な胸の内を語った。事件後、PTSDになり、受験勉強にも集中できず、大学進学をあきらめざるを得なくなったという被害者が提出した手紙も代読され、「被告人のつまらない欲望のために、お金で買うことのできない時間が奪われた」と、いまだに苦しみの中にいる現状が伝えられた。
言葉の一つ一つがあまりにも痛ましく、被害者の父親と同年代と見られる傍聴人の男性は、沈痛な面持ちで目をつぶり、耳を傾けていた。メモを取っていた40代くらいの男性は、うなだれる被告人に厳しい視線を投げかけていた。
性犯罪は「魂の殺人」
裁判のスケジュールが被っていたことから、全5件中1件(高裁の判決)は傍聴できなかった。ただし、4件の性犯罪裁判を傍聴した結論から言えば、たしかに中高年と見られる男性の傍聴人は多かったものの、怪しげなそぶりや性犯罪の裁判のハシゴ、そして廊下で猥談する人などはおらず、当たり前だが、真剣に傍聴している人がほとんどのように感じた。
この日の裁判でも、弁護人や検察官が何度か口にしていたが、性犯罪は「魂の殺人」「心の殺人」と言われており、被害者のその後の人生に与える影響は計り知れない。裁判傍聴は、多くの人に考えるきっかけを与える貴重な機会であり、一部の“不届き者”によってそれが奪われるようなことは、決してあってはならないと強く思う。
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