7年以上前の“暴行事件”理由に社員を「懲戒解雇」は有効? 裁判所が下した“逆転”判決
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「あの時のことをいまさら持ち出すなよ!」という感じでしょう。会社が従業員を懲戒解雇したんですが、解雇の理由が7年以上も前の不祥事だったんです。
あくどい会社では人件費を削減すべく、知恵を振りしぼって、従業員を退職に追い込んでいます。よくあるのは以下のようなケースですね。
- 軟禁状態にして退職を迫る
- 懲戒解雇できるケースじゃないのに「退職届を出せば懲戒解雇は勘弁してやろう」と持ちかけてくる
- 過去のミスをとりあげてくる
今回は下二つのケースに該当する裁判例を紹介します。会社は7年以上も前の暴行事件を問題視しました。検察は不起訴処分にしたのですが、会社はその事件を大きな理由として従業員を懲戒解雇しました。最高裁に駆け上がるまでの大どんでん返しをお届けします(弁護士・林 孝匡)。
登場人物
会社は食品メーカーのネスレ日本。懲戒解雇されたのは従業員2名です。霞ヶ浦の工場に勤務していました(以下「Aさん」「Bさん」)。
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▼有給休暇を巡るトラブル
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暴行事件の発端は有給休暇を巡るトラブルです。ある日、Bさんは体調不良で欠勤しました。Bさんは上司のT課長代理に「有給休暇に振り替えてください」と申し出たのですが認められませんでした。
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▼労働組合がキレる
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これに労働組合がカチンときました。Bさんは労働組合の霞ヶ浦支部の副書記長だったんです。組合は「有給振り替えを認めないのは私たちへの攻撃だ」と捉えました。それ以降、組合員が職場でT課長代理に会った時に「有給を認めろ!」と抗議しました。
三つの暴行事件が発生
組合員の怒りが頂点に達したんでしょう。ねーさん、事件です。
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▼暴行事件 H5.10.25
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工場の入り口付近で発生。AさんがT課長代理に「おい!Bの有休はどうなんだ!」大声で怒鳴り、ネクタイや襟をつかんで壁に押し付けました。BもT課長代理の胸元をつかんで加勢しました。
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▼暴行事件 H5.10.26
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こちらも作業場付近で起きた事件です。AさんBさんは、同僚の組合員たちと一緒にT課長代理を取り囲みました。そしてAさんがT課長代理のヒザを蹴り上げました。
T課長代理は事務所の方へ逃げましたが、皆で追いかけBさんが服をつかみました。AさんはT課長代理の襟をつかんで首を締め上げ、小指をつかんでねじり上げました。
この暴行でT課長代理は、けい部捻挫、左ひざ挫傷、右小指挫傷の傷害を負いました。
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▼暴行事件 H6.2.10
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Bさんが2日間体調不良で欠勤しました。Aさんと同じく有給への振振り替え申し出たのですが、T課長代理1日しか認めなかったんです。するとBさんは左手をT課長代理の首に回し、右手でT課長代理の腹を殴りました。
T課長代理が告訴状を提出
T課長代理は告訴状を提出しました。
【チョー遅い不起訴処分】
どんだけ時間かかるねんって感じです。それから約6年後に不起訴処分が出されました(H11.12.28)。これだけ延びるのは特殊です。このあたりから会社はAさんBさんの処分を検討し始めました。
【諭旨退職処分】
ついに会社が動きます。事件発生から7年以上たった後(平成13年4月17日)、会社はAさんBさんにこう伝えました。「4月25日までに退職願を出した時は自己都合として退職金を全額支給する。退職願を出さなければ懲戒解雇にする」と伝えました(これを諭旨退職処分といいます)。
会社が伝えた懲戒の理由は「会社内において、暴行、脅迫、監禁その他これに類する行為を行ったとき」に該当するというものです(就業規則に記載あり)。
AさんBさんは期限までに退職願を出しませんでした。すると会社は2名を懲戒解雇にしました。「いつの話で懲戒解雇しとんねん」という感じでしょうね。AさんBさんは訴訟を提起。
争点
暴行事件から7年以上も経ったってるのにこれを理由に懲戒解雇できるのか? です。基礎知識として、ザックリいえば「懲戒解雇がやりすぎな場合は無効」になるんです。今は労働契約法15条に規定されています。
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労働契約法 15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
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【地方地方裁判所】
初戦はAさんBさんの勝利です。地裁は「懲戒権の濫用だ。懲戒解雇は無効」と判断しました。主な理由は、暴行事件から7年以上も経ったってからというところに不自然、不合理な点があるというものです。
【高等裁判所】
第2戦は会社側の逆転勝利です。高裁は「懲戒解雇は有効」と判断。理由は、「会社は捜査機関による捜査の結果を待っていた、懲戒処分をしないまま放置していたわけではない」というものです。
【最高裁】
最終戦は再びちゃぶ台返し。AさんBさんの勝利です。最高裁は「懲戒解雇は無効」と判断しました。理由はザックリ以下のとおりです。
- 捜査の結果を待たずに何らかの処分できたでしょ
職場で起きた事件で目撃者もいたんだから - 処分を7年以上も引き伸ばす合理的な理由がないわ
- 不起訴処分になったのに懲戒解雇はムチャでしょ
一般的にはそんな重い処分しないでしょ - 暴行事件以外の理由も挙げてるけど5年くらい前じゃん
などの理由を挙げて最高裁は「企業秩序維持の観点からそのような重い懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず、社会通念上相当なものとして是認することはできない」として、懲戒解雇は無効と結論づけました。
最後に
今回のように納得いかないケースで解雇された方や、退職を迫られている方がたくさんいると思います。自分から退職届けを出した届職合意書にサインしたらほぼ勝てないと思ってください。しつこい退職勧奨を受けたらサインせず社外の労働組合か弁護士に相談することをオススメします。
Q.
退職合意書みたいなものにサインしちゃいました...。勝つのは難しいですか。
A.
難しいですね。サッカーの試合【日本 vs ブラジル】で例えると、あなたは今【0-3】で負けてて、しかも後半のアディショナルタイムだと思ってください。絶望的状況です。
でも【サインせざるを得なかったこと】を立証できそうならワンチャンありです。退職勧奨を受けたらその面談を録音するのも手です。その録音をひっさげて相談してみましょう。
今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。
【筆者プロフィール】
林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1
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