天皇誕生日「おめでとっ!!」 陛下へSNS“お祝い投稿”で物議 「不敬罪」にあたらないの?
数年前の12月23日、当時の天皇陛下(現在の上皇陛下)の顔写真にハートマークや「HAPPY BIRTHDAY」の文字をデコレーションした画像を添えて「あんまり絡んだことないけど おめでとっ!!」と投稿したTwitterアカウントが物議を醸した。
投稿主は女子高生だったと見られており、プリクラなどと同じ感覚で画像をデコレーションしたのではないだろうか。投稿には「愛がある」「かわいい」といった好意的なコメントがついた一方、「不敬罪だ」などと批判するコメントも多く寄せられた。
天皇誕生日をSNSでお祝い「不敬罪ではない」
前提として、日本において「不敬罪」はすでに廃止された法律だ。天皇をはじめとする皇族や、そのお墓である皇陵などの名誉と尊厳を守るための法律として、明治13年(1880)公布の旧刑法に初めて登場し、明治40年(1907)公布の現行刑法に引き継がれた後、戦後に廃止されている。
現在はSNSやネットニュースのコメント欄などで、時折目にする言葉ではあるが、天皇陛下の写真をかわいくデコレーションしたり、SNSに“おめでとう投稿”したりすることは、いわゆる「不敬行為」に当たるのだろうか。くだんの投稿を見た皇室研究者・高森明勅氏は「不敬行為ではないですね」と言う。
「不敬罪は『皇室に対する配慮が欠けていた』場合に問われる罪だと誤解している方がいるのですが、実際には『皇室の名誉を傷つけるためにわざと侮辱を与えた』など、能動的な攻撃意図がある場合に問われる罪でした。
お見せいただいたかわいらしい画像は、わざと攻撃しようとしているのではなく、むしろ天皇陛下に対して親愛の情を抱き、ある種の敬いも感じられ、『能動的に陛下をおとしめよう』などという意図がないことは一目瞭然です。もし現代に不敬罪があったとしても、該当する事案ではまったくありません。
かえって現代においては、こういうものに対して『不敬罪だ』と騒ぎ立てることが、『皇室は怖い』『報復される』などという、皇室の方々がまったく望んでいないイメージを拡散することにつながってしまいます。私は、そちらの方が憂慮すべきなのではないかと思います」(高森氏)
“政治利用”が多かった不敬罪
日本では明治から昭和にかけて約60年にわたり存在していた「不敬罪」だが、実際にはどのような場面で適用されていたのだろうか。高森氏は「残念ながら『皇族の方をお守りする』という本来の目的よりも、“政治的思惑”が絡んだ事件が多かったのが実情です」と語る。
以下、代表的な事件を紹介する。
- 大正10年(1921)第一次大本事件
新興宗教「大本」が新聞社の買収、政治団体との連携などで影響力を強めてきたことや、同教団に軍人が相次いで入信したことに危機感を抱いた政府は、同教祖のお墓を「天皇陵に似ている」と指摘。教団幹部らが不敬罪に問われることとなった。 - 昭和10年(1935)天皇機関説事件
法学者・貴族院議員の美濃部達吉が唱えた「天皇機関説」(統治権は国家に属し、天皇は国の最高機関として、内閣など国の機関の輔弼(ほひつ)を受けて統治権を行使する、という憲法学説)が不敬であるとして、陸軍出身の貴族院議員・菊池武夫らに攻撃された事件。背景には、軍事に対する内閣の権限を排除したいという思惑などがあった。 - 昭和17年(1942)尾崎不敬事件
太平洋戦争中に行われた衆院選の演説で、候補者の尾崎行雄が東條英機内閣を批判するため「売家と唐様で書く三代目」という川柳を引用した。当時は日本の立憲政治が始まった大日本帝国憲法の公布から約50年であり、その精神は孫の代(=三代目)になって踏みにじられている、という意味だったが、政府は明治維新から“三代目”の昭和天皇を揶揄したとして不敬罪で告発。尾崎は東京地検に拘束され、巣鴨拘置所に送られた。
戦後、不敬罪を残そうという動きもあったが、GHQとの交渉の結果、昭和22年(1947)10月26日公布の「刑法の一部を改正する法律」によって廃止された。
不敬罪に代わる罪は?
不敬罪が廃止された現在は、皇族であっても一般国民と同じように、自ら告訴することで、自身に対する名誉棄損や侮辱と闘うことになる(不敬罪は非親告罪だったが、名誉棄損や侮辱罪は親告罪)。
ただし天皇や皇后といった一部の皇族については、天皇が「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であることから、刑法第232条第2項で「内閣総理大臣が代わって告訴を行う」と定められている(※1)。
(※1)刑法第232条第2項:告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣であるときは内閣総理大臣が(中略)代わって告訴を行う
しかし現実的に、皇族が国民を訴えることは「かなり難しい」と高森氏は指摘する。
「まず一般的に考えて、皇族が国民やメディアを相手取って法廷で争うということになれば、その事実自体が国民に与えるショックは計り知れません。
また宮内庁も、当時皇太子妃だった美智子さまが週刊誌などでバッシングにさらされていた昭和38年(1963)に、衆議院内閣委員会で『妃殿下自らが訴えることは事実問題として可能か』といった質問に対して『事実問題としては考えさせられる点が非常に多いですから、まああまりないと思います』と答弁しています。要するに『皇族は告訴できないだろう』と言っているのです」(高森氏)
さらに高森氏は、天皇や皇后といった一部の皇族への名誉棄損や侮辱について「内閣総理大臣が代理で告訴する」としている刑法第232条第2項についても「実質的には機能していない」と言う。
「内閣総理大臣が皇族のために国民やメディアを訴えるとなれば、『言論弾圧ではないか』といった反発があることは必至です。国会でも問題視されかねず、政治的なハレーションがとても大きいでしょう。
私自身、過去に内閣総理大臣が天皇に対する名誉棄損で告訴した事例があるのか、民間の研究者として首相官邸や宮内庁に問い合わせていますが、いずれも“たらい回し”状態で、まったく回答が得られていません」(高森氏)
常に国民の注目を集め、“ねたみ”や“やっかみ”が集中しかねない立場であるのにもかかわらず、名誉棄損や侮辱に対して実質的な法的保護が何らないというのは、当事者にとって非常につらいことではないだろうか。
「もちろん、戦前の『不敬罪』を復活させるのが良いと言っているわけではありません。しかし事実上、内閣総理大臣は告訴権を代行せず、宮内庁は皇族方が告訴するのはふさわしくないと考えているという“ノーガード”の状態が放置されているという制度には、欠陥があるのではないでしょうか。
ご本人たちが指摘できない分野であるからこそ、国民にも、立法に関わる国会議員にも、関心を持っていただきたいです」(高森氏)
■高森明勅(たかもりあきのり)
昭和32年(1957)岡山県倉敷市生まれ。神道学者、歴史家、天皇・皇室研究者。日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師などを担当しながら、皇位継承儀礼の研究や、皇位継承問題への発言など、積極的に活動している。
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