会社が現職“廃止”社員への「別職種」“配転”命令が違法となったワケ 裁判所はどう判断した?

林 孝匡

林 孝匡

会社が現職“廃止”社員への「別職種」“配転”命令が違法となったワケ 裁判所はどう判断した?
「職種限定の合意」が争点となったが…(CORA / PIXTA)

辞令発令!
「なんで私があんなところに転勤なんだよ」
「う〜わ、あの部署に異動かよ〜」

そろそろ転勤や部署異動の辞令が出るころですよね。多くのケースでは会社の業務命令に従わなければなりません。でも【この職種で】という条件で採用されていたら?

今回は【この職種で】採用されたにもかかわらず会社が「その職なくなるから別職種で働いてね」と通告した事件を解説します。

社員は訴訟を提起し「今までの職で働かしてくれ!」と主張。(東京地裁 H19.3.26)

〜 結果 〜

社員の勝訴です。裁判所は「職種限定の合意があったね。職の変更は社員さんへの不利益がデカすぎるわ」と判断。以下、くわしく解説します。(弁護士・林 孝匡)

どんな事件か

会社は損害保険業を行っていました。なんと原告は46名もいます。仕事内容は契約募集など。外勤の正規従業員で【リスクアドバイザー】として働いていました(以下【RA】)。

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▼ ウソやろ! 職種を変更!?
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事件勃発です。会社が原告らに対して以下の通知をしました。

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RA制度の発展的解消について】
・RA制度を平成19年7月までに廃止
・RAの処遇については、代理店開業を前提に退職の募集を行う一方、継続雇用を希望する者 に対しては、職種を変更した上で継続雇用する
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「職種を変更?」原告らは寝耳に熱湯です。なぜなら原告らは職種が【RA限定】という話で会社で働いていると思っていたからです。

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▼ 労働組合、うごきます
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労働組合が動き、会社と何度も団体交渉を行いました。しかし会社は不動です。「RA制度の廃止はゆるぎない決断だ。組合との合意は不要」の一点張り。エライ強気です。

結果、労働組合が押し切られる形となり「RA制度の発展的解消に係る転進協定」を締結しました。

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▼853名が退職
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その後、RAがバンバン辞めていきました...。

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▼ ともに戦おうぞ!
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しかし、会社の対応に納得できなかった原告ら46名が訴訟を提起しました。原告らの主張をザックリまとめると「裁判官さん!この通知は労働契約違反でしょ。だってRA限定で入社したんですよ。必要性や合理性もないのに不利益に変更するものだ。私たちがRAの職にあることを認めてくれ!」というものです。

裁判所の判断

原告らの勝訴です。裁判官はザックリ「職種変更はダメだ。RAの職にい続けてよろしい」と判断(むずかしい言葉で言えば「地位確認請求」が認容されました)。

裁判所の判断はザッと以下のとおり。

  • RAという職種に限定する合意があった
  • 職種変更を命じることができるのはこんなケース
  • 今回の職種変更命令はダメ

順に解説します。

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▼ RAに限定する合意があった
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これを認められたのはデカイですね。職種限定の合意が認められれば、なかなか別職種への配転は認められませんから。

裁判で会社はネバりました。「ちょっと待ってくださいよ!配転条項があるじゃないですか、60歳までの長期雇用を予定しているんだから別職種への配転命令に従う前提で採用されてるんですよ!」などと主張したんですが、裁判所は「いや、職種限定の合意があった」と認定。

詳細は割愛しますが裁判所は、RAの業務内容、勤務形態、給与体系などをつぶさに見て認定しています。

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▼ 職種を変更できるのはどんなケース?
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裁判所は「職種限定の合意があれば原則として別職種への命令は出せないんだけど...」「正当な理由がある場合はOK」と判示しました。

そして「正当な理由があるかどうかは、以下の両者の主張を見て判断する」と宣言。

■会社が立証すべきこと

  • 職種変更の必要性、程度が高度であること
  • 変更後の業務内容の相当性
  • 他職種への配転による不利益に対する代償措置または労働条件の改善など

■従業員が立証すべきこと

  • 採用経緯と当該職種の特殊性、専門性
  • 他職種への配転による不利益及びその程度の大きさなど

両者の主張を天秤にかけて【どっちが重いか】という判断手法かなと思います。

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▼本件は別職種への命令はダメ
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裁判所は「今回のケース、別職種への命令はダメ」と判断。

一応、会社の経営事情にも配慮してくれてます。

  • RA制度を廃止することには高度の合理的な必要性はある
  • 会社が提案した他職種は不適当とはいえない

しかし!

  • RA制度が廃止されることで原告らの給与に減額幅が大きい
    ・9%〜17%減額
    ・2年目以降はボーナスの大幅減少も見込まれる
  • RAは転勤がなかったが別職種になると転勤の可能性がある

という理由で「別職種への変更命令は正当性ナシ」と結論づけました。

過去の裁判例と【今後】

今回の事件では職種限定の合意を認めましたが、過去の多くの裁判例は認めていません。終身雇用が前提で色んな仕事をグルグル回っていくことが当たり前の時代だったからですね。

しかし、これからは職種限定の合意が認められるケースが増えてくると思います。『ジョブ型雇用』が加速すると思うので。契約の際に職務内容をキチンと決めるタイプの働き方です。

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▼ 最近の裁判例
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最近のジョブ型っぽい裁判では、運行会社の従業員が勝訴したケースがあります。運行管理業務がしたいと熱望して入社したのに突然、倉庫部門への異動を命じられた寝耳にテキーラ事件です。

裁判所はザックリ「これは権利濫用だね」と判断(安藤運輸事件:名古屋高裁 R3. 1.20)。詳細は事件名でググってみてください。

最後に

多くの方は職種限定の合意が【ない】と思います。

Q.
あの〜、職種限定の合意がなければ、会社のいいなりですか?

A.
いえ。以下の3つの場合は転勤命令や異動命令は無効なんです。

  • 不当な動機・目的で転勤命令が発令されたとき
  • 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
  • 上記2つに匹敵するくらいやりすぎケース
    (東亜ペイント事件:最高裁 S61.7.14)

嫌がらせ目的で転勤や異動を命じるケースが多いですね。詳細を解説すると“爆”大な量になるので「転勤 嫌がらせ 判例」などでググってみてください。また機会があれば解説したいと思います。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!


【筆者プロフィール】
林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

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