「競合他社に就職しない」“約束”破った元社員を会社が提訴も…裁判所は「誓約書」を無効としたワケ

林 孝匡

林 孝匡

「競合他社に就職しない」“約束”破った元社員を会社が提訴も…裁判所は「誓約書」を無効としたワケ
あまりにも厳しい誓約は“必要かつ合理的な範囲を超える”と判断された(freeangle / PIXTA)

「会社を辞めるなら誓約書にサインしてね」

実際に起きた事件です。その誓約書には以下のシバリが。

  • 退職後の1年間は競合他社に就職しない
  • 違反すれば3か月分の給与の賠償金
  • もろもろの会社の損害を賠償するなど

会社を辞める時に「これにサインしてね」と上記のような誓約書を差し出されることが多いと思います。現在は転職が当たり前の時代となり、フリーランスとして羽ばたく方が増えているのでトラブルも増加する予感です。

この事件では会社が元従業員を提訴。「この誓約書に違反した!139万を払え!」と主張。結果は、従業員の勝訴です。裁判所は「この誓約書ダメよ。禁止の範囲ひろすぎ。公序良俗に反してるよ。無効」と判断(REI元従業員事件:東京地裁 R4.5.13)。

この事件のように、サインしたとしても禁止の範囲が広すぎればその誓約書をオジャンにできる可能性があります。以下、くわしく解説します。(弁護士・林 孝匡)。

どんな事件か

【登場人物】
〈会社〉
システムエンジニアを企業に派遣・紹介する会社
〈Yさん〉
仕事内容はシステムの設計開発など。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 入社してからの勤務状況
━━━━━━━━━━━━━━━━━

Yさんは令和元年の5月に入社。11月からはA社を就業場所として働き始めました。システムの設計開発などをするためにA社に派遣されたのでしょう。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 「辞めます」
━━━━━━━━━━━━━━━━━

翌年の8月ごろ、Yさんは会社に「9月末で辞めます」と伝えました(おそらく会社とYさんはモメてたんだと思います。会社は9月分の給料を払わなかったので。Yさんは後日会社に「未払い賃金を払え〜」という訴訟を提起しています)。

Yさんは予定通り9月末に退社します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 新たにB社と業務委託契約
━━━━━━━━━━━━━━━━━

退社した翌日(10/1)、YさんはB社と業務委託契約を締結。場所としてはA社やその関連会社で勤務しすることになりました。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 会社がイラついたポイント
━━━━━━━━━━━━━━━━━

会社は「ウチの関係先であるA社と関係をもちやがって。ドロボー猫め」とイラついたのかなと推測してます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼秘密保持契約書にサイン
━━━━━━━━━━━━━━━━━

その後(10/9)、会社はYさんに秘密保持契約書にサインするよう求めました。そこに書かれていた内容は以下のとおり(一部抜粋)。あとで解説しますが裁判所はザックリ「コリャダメ。無効だわ。制限しすぎ」と判断しています。

====
第4条(競業避止義務の確認)
私は、〜退職後1年間にわたり次の行為を行わないことを約束いたします。
(1)貴社と取引に関係のある事業者に就職すること
(2)貴社のお客先に関係ある事業者に就職すること
(3)貴社と取引及び競合関係にある事業者に就職すること
(4)貴社と取引及び競合関係にある事業を自ら開業または設立すること
第5条(損害賠償)
前各条項に違反して、法的な責任を負うものであることを十分に理解し、これにより会社が被った一切の損害(損害賠償請求に関連して出費した調査費用、弁護士費用および訴訟費用等)、ならびに第三者が被った損害に対する賠償金等について、賠償することを誓約いたします
第6条
退職後、1年間にわたり、貴社と取引、及び競合関係にある事業者、貴社とお客先に関係ある事業者に就職する場合に、3ヶ月分の給与の賠償金を賠償することを誓約いたします。
====

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 探偵事務所に依頼
━━━━━━━━━━━━━━━━━

会社はYさんを怪しんでいたのでしょう。探偵事務所に依頼してYさんの行動を調査しています。推測ですが「Yの野郎、ウチの取引先だったA社まわりをウロチョロしやがって」という怒りから出た行動だと思います。

訴訟でバチバチ

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ Yさんの主張
━━━━━━━━━━━━━━━━━

まずはYさんが訴訟を提起。「最後の月の未払い賃金を払え」という少額訴訟を提起しました。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 会社が応戦
━━━━━━━━━━━━━━━━━

それに会社が応戦。反訴を提起しました。主張の概要は「誓約書に違反したよな。約139万円を払え」というもの。

裁判所の判断

Yさんの完勝です。裁判所はザックリ以下のとおり判断しました。

  • 誓約書は無効(制限しすぎ)
  • 退職後のYさんの行動は自由競争の範囲内
  • 未払い賃金を払え〜(約36万円)

順に解説します。

誓約書は無効!

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 従業員には職業選択の自由がある
━━━━━━━━━━━━━━━━━

ここが出発点です。裁判所は元従業員の【職業選択の自由】に配慮しています。競業避止義務を課せられたら、従業員の再就職を妨げるおそれがあるからです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ どんな場合に合意が無効?
━━━━━━━━━━━━━━━━━

裁判所の考えを示すとザックリ以下のとおり。天秤タイプです。すなわち【競業避止によって守られる会社の利益】と【競業を制限された従業員の不利益】を天秤にかけます。

んで、競業避止による制限が必要かつ合理的な範囲を超えていれば公序良俗に反し無効となります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 本件
━━━━━━━━━━━━━━━━━

裁判所が「誓約書は無効」と判断した理由はザックリ以下のとおり。

  • 競業避止義務を定めた目的が分からない
    会社はシステムエンジニアを派遣する会社。
    派遣先企業がエンジニアに指示を出していた。
    会社がシステム開発運営その他に関する独自のノウハウを持っていたわけではない。
     以上に照らせば、競業避止義務を定めた目的が分からねぇ。
  • Yさんは秘密保持義務を負っているのだから情報の危険性が高いとはいえない
  • 会社と取引関係のある企業への転職を制限することが必要不可欠とはいえない
  • 文言上、禁止している転職先の業種が絞られていない
    Yさんの再就職をカナリ厳しくするものだ
  • 競業禁止に対して何らの代償措置もとられていない
    (手当などが支払われてないよねってことだと思います)

以上の理由などから「競業避止による制限が必要かつ合理的な範囲を超えており公序良俗に反し無効」と判断しました。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 会社はなぜ競業を禁止したかったの?
━━━━━━━━━━━━━━━━━

少し細かい話になりますが本件の商流は以下のとおり【A社 → D社(第1下請) → E社(第2次下請) → 本件会社】。これを踏まえて会社は以下のように主張しました。

【会社の主張】
「YさんがA社の場所で働くとD社・E社の利益が落ちる」
「D社・E社から【オマエんとこ、Yさんを介して旨味もっていってんちゃうの?】と睨まれる」

しかし、裁判所は「客観的合理的根拠に乏しい」と判断しました。

自由競争の範囲内

さらに裁判所は「YさんがB社と仕事することは自由競争の範囲内だ」と判断。理由は以下のとおりです。

  • YさんがB社と仕事し始めたのは会社を辞めてから
  • YさんがB社と仕事したからといって本件会社の受注する業務と競合しない、など

未払い賃金

以上のように、裁判所は会社の主張をフルボッコした上に畳みかけて「未払い賃金約36万円を払えよ」と命じました。畳みかけたかは知りませんが、とにかくYさんの完勝です。

他の裁判例

「ウチの客とんなよ」ジャンルは従業員の他に【フランチャイズ】や【取締役】でも見られます。いずれも制限が不合理であれば無効です。営業の自由、職業選択の自由が考慮されています。

■ フランチャイズの裁判例
損害賠償請求事件:東京地裁 H21.3.9
■ 取締役の裁判例
競業避止義務存在確認反訴請求事件:東京地裁 H21.5.19

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 秘密を守りたいケース
━━━━━━━━━━━━━━━━━

自社の秘密を守りたいケースでは秘密情報の独自性と有用性が高い場合は誓約書が有効となる傾向にあります。

・パワフルヴォイス事件:東京地裁 H22.10.27
・ダイオーズサービシーズ事件:東京地裁 H14.8.30
・第一紙業元従業員事件:東京地裁 H28.1.15

さいごに

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 社長へ
━━━━━━━━━━━━━━━━━

「ノウハウ吸収するだけして辞めて競業するんかい!」とブチギレる気持ちは分かるんですが、それはもう仕方ないですよね...。秘密情報をゴッソリ抜いてバイチャという違法行為は糾弾できますが「同じような業態をスタートしたから禁止だ!」だけでは、裁判所で諸々の事情を考慮された挙句「その競業禁止はダメ〜」と判断されるケースが多いです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 従業員の方へ
━━━━━━━━━━━━━━━━━

今から辞めようと思ってる方はこの事件のような誓約書へのサインを求められることが多いと思います。というかほとんど求められると思います。サインした後でも「無効だ!」と争えることがありますが、サインする前にどこかに相談するのが無難です。社外の労働組合か弁護士に相談してみましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

【筆者プロフィール】
林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア