“通勤定期券代”不正受給が発覚「解雇」された職員“無効”主張し会社を提訴…裁判所の判断は?
交通費の不正受給がバレた!
それを理由に解雇された事件を解説します。
ザックリいうと別の経路で通勤して【定期代を浮かせて】いました。それがバレて解雇。
裁判所は「解雇は無効ね」と判断しました。でもカナリ悪質なケースであれば「こりゃ解雇OKだ!」となることもあります。
物価高はとどまることを知らず、賃金が上がらない、いろいろとチョロまかしたい気持ちが芽生える今日この頃、お気をつけください。
以下、事件を分かりやすく解説します(全国建設厚生年金基金事件:東京地裁 H25.1.25)(弁護士・林 孝匡)。
事件の当事者
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▼ 会社
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・全国建設厚生年金基金
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▼ Xさん
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・職員さん
どんな事件か
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▼ 通勤手当の不正受給
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Xさんは会社に提出していた通勤届とは別の方法で通勤し始めました。チョロまかしの概要は以下のとおり。
- バスの定期券を購入せず
- 電車も申告経路とは別の経路で通勤
- 別の経路の定期券を購入
- 定期券代(6か月間)が約2万5000円安くなる
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▼ 会社にバレる
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別の方法で通勤し始めてから約8か月後。会社にバレます。理事と面談することに。
ここでXさんはウソをついてしまいます(以下、判決文を会話風に再構成)。
理事
「バスの定期券は買っているのですか?」
Xさん
「買っていたのですがその後、解約したんです(←ウソ)」
理事
「この電車の定期券なんですが、申告経路とは違いますよね」
Xさん
「ためしに先月から経路を変えて購入したんです(←ウソ)」
理事はおかんむりです。Xさんに対して「あなたのしたことは不正受給です。厳しい処分になることを覚悟するように」との趣旨のことを告げました(具体的な発言内容については当事者間で争いがあるようですが)。
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▼ 諭旨解雇になるまで
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それから1週間の間に、Xさんと会社との間で話し合いの場が数回もたれました。Xさんが謝罪書面を提出したり、会社がXさんに「身の潔白を証明する書類」を要求したり。
最終的に、会社をXさんを諭旨解雇としました。
Q.
諭旨解雇ってなんですか?
A.
懲戒解雇をワンランクマイルドにした解雇です。温情で退職金が出るケースが多いです。今回も5割の退職金が出ています。
会社が主張した【解雇事由】は以下のとおり。
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就業規則 第56条
(4)
就業上必要な届出事項について、基金を偽ったとき
(5)
職務に関し不当な利益を得、または得ようとしたとき
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Xさんが訴訟を提起
Xさんの主張は「この解雇は無効です」というもの。
(そのほか、期末手当請求、損害賠償請求もしましたが、解雇無効にしぼって解説します。期末手当請求は基本支給部分についてだけ認められました。損害賠償請求は棄却)
裁判所の判断
裁判所は「解雇は無効」と判断しました。以下、理由をザックリ解説します。
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▼ ウソいつわりだね
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裁判所は「Xさんがやったことは不正受給だ」「偽ってるじゃん」と認定。
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就業規則 第56条
(4)
就業上必要な届出事項について、基金を偽ったとき
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ザックリ言えば、違う区間の定期券を購入して通勤していたのに、それを報告しないままこれまで通りの通勤手当を受けとっていたから。
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▼ 不当な利益を得ようとした?
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しかし裁判所は「不当な利益を得ようとした【とは言えない】」と認定。下記の条項にはたらないと判断。
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就業規則 第56条
(5)
職務に関し不当な利益を得、または得ようとしたとき
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■ 規則の解釈
裁判所は「この規則記載の行為は、単に正規の手続によらないで通勤手当を受給しただけじゃなくて、不当に領得し又はその意思をもって当該行為に及ぶことを指す」と判断。
■ 本件
その上で裁判所は「本件全証拠をもってしても、不正受給以降のXさんの具体的な通勤態様は明らかではなく、従って、本件釈明経路における〜地下鉄利用の有無ないし頻度が不明である以上、Xさんが本件不正受給について、金員を不当に領得し又はその意思をもって当該行為に及んでいたとまでは認めることができない」と認定。
Q.
そこまでワルってことは認定されなかったってことですよね。でも【ウソいつわり】という懲戒事由にあたるので、解雇はOKなんですよね?
A.
いや、当然に解雇OKとはならないんです。懲戒事由にあたるとしてもお次は【解雇やりすぎなんじゃね?】が審理されます。以下の法律です。
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労働契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
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ザックリいうと「解雇はやりすぎでしょ」となれば無効になります。
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▼ 解雇は無効
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裁判所は「解雇はやりすぎ」と判断。正確には「この解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くので無効」と判断。
■ 理由
理由はザックリ以下のとおり。
- 通勤手当が認定された後は特に審査がなかった
- 習い事のために迂回する経路があっても会社の裁量で通勤手当を認めたことがあった
- とすると、厳格な会社秩序が形成されていたとは言いがたい
- Xさんが不正受給していた金額は、会社が認定した通勤手当の範囲内に収まっている
- 不正受給の金額は15万1980円にすぎない
などの理由を挙げ、裁判所は「職員としての身分を剥奪する程に重大な懲戒処分をもって臨むことは、企業秩序維持の制裁として重きに過ぎるといわざるを得ない」と判断しました。
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▼ 会社の反論
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会社
「Xさんはウソの説明を繰り返して自分を正当化するばかりで反省の態度を示していなかったですよ。この態度は諭旨退職を有効とする事情です」
裁判所
「たしかに、Xさんが不正受給と真摯に向き合った上で、反省する態度を示していたとは言えないですね」
「しかし!不正受給の具体的内容が明らからになっていない段階から会社がXさんに対して『厳しい処分になることを覚悟するように』と告げていたことなどからすれば、懲戒解雇などを避けるためにXさんが不自然、不合理な弁解をある程度継続したとしてもそれを重視すべきではない」
今回の状況だと多少ウソついたとしても仕方ないよね、という判断だと思います。
衝撃のバックペイ(400万円超え)
解雇が無効になれば会社に衝撃(バックペイ)が襲いかかります。
Q.
バックペイって何ですか?
A.
過去にさかのぼって給料がもらえることです。具体的には【解雇された日から → 訴訟になって → 判決が確定する日までの給料】のことです(民法536条2項)。
今回のケースでは約10か月分の給料の支払いが命じられています(約45万円×10か月)もし裁判が4年続けば、4年分の給料がもらえます。働いていないのに。
Q.
転職してしまった場合は、どうなるんでしょうか?
A.
転職したとしても基本、6割の給料をもらえます。ただし「元職場に戻る意思がある」と認定できる期間分だけです。裁判官が「もう戻るつもりないよね」と認定した時点以降はもらえません。でも、かなりデカイですよね。会社からすれば衝撃です。
ほかの裁判例
今回は懲戒解雇が無効になりましたが、裁判所が「こりゃ懲戒解雇はOKだ!」と判断したケースもあります。
■ 懲戒解雇が有効
かどや製油事件:東京地裁 H11.11.30
住所の申告がウソだった。約4年間、通勤手当231万円を不正にもらっていたケース。
申告の悪質レベルが高かったんだと思います。不正受給額も3ケタですし。
ジャッジされる事情
解雇OKかどうかをジャッジするための事情としては、以下のものが挙げられます。
- 通勤経路の変更を申告しなかったいきさつ
まぁいいかと考えていたにすぎないのか - 積極的にウソの経路を申告したのか
- ウソの悪質さ
- ウソの申告とはいえ会社が合理的な通勤経路であると認定したか
- 支給のあと申告経路どおりに定期券の購入がされているかどうかを確認していたか
など、さまざまな事情が考慮されて解雇OKかがジャッジされます。
さいごに
何かをチョロまかして会社から解雇を匂わされている方がいれば、【解雇される前に】労働組合か弁護士に相談することをオススメします。
今回のように解雇されてからも戦えることがありますが、年単位の時間がかかるので、解雇される前に交渉した方が良いと思います。
あとは、労働局に申し入れるのも方法です(相談無料・解決依頼も無料)。
今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。