「挨拶も無視され…」織田信成元監督“ハラスメント”の訴えを裁判所が「認めなかった」ワケ

林 孝匡

林 孝匡

「挨拶も無視され…」織田信成元監督“ハラスメント”の訴えを裁判所が「認めなかった」ワケ
ブログや週刊誌での告発は名誉棄損と認定された(digi009 / PIXTA)

部活の監督 vs コーチ。
法廷バトルに突入。

大学アイススケート部で勃発。織田信成さんがアイススケート部の監督だった時の事件です。
コーチと揉めます。両者の言い分を要約すると以下のとおり。

織田元監督の言い分
「コーチからハラスメント(嫌がらせ)を受けました」
「1100万円を請求します」

コーチの言い分
「嫌がらせなんかしていません」
「なのに、監督はブログで「嫌がらせされた」と発信などしています」
「名誉毀損です。330万円を請求します」

ーーー 裁判官、どうですか?

裁判所
「違法なハラスメントがあったとは認定できない」
「名誉毀損だ。コーチに220万円を払いなさい」

以下、分かりやすくザックリ解説します(大阪地裁 R5.3.2)(弁護士・林 孝匡)。

事件の当事者

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▼ 監督
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・織田信成氏
・プロのフィギュアスケーター

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▼ コーチ
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・濱田美栄氏
・長年フィギュアスケート選手の育成に携わっていた

方針の激突

監督の方針とコーチの方針が激突したようです。アイススケート部の運営や選手の指導方法などを巡る衝突です。ザックリ経緯は以下のとおり。

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▼ 意見対立か?
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H29.3.22
織田監督がコーチに対して危険な練習方法を止めるよう要望。
滑走人数や方法が危険だと感じたようです。
その後、両者が話し合い。
織田監督の要望が受け入れられます。

■織田監督の言い分によれば、この一件を機に嫌がらせが始まったとのこと。

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▼ 学業との両立が必要
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時は流れ、H31.1.24
織田監督は練習時間帯を変更します。目的は「学業との両立」を図るため。

ここでも、コーチとの対立があったのでしょう。

5月22日、コーチは練習時間帯を以前のものに戻すことを決定します。織田監督が参加していないミーティングで決定しています。

織田監督は、動悸やめまいなどに悩まされるようになり、5月28日以降、スケートリンクに行けないようになりました。

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▼ 監督を退任
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約3か月後の9.9
織田さんが監督を退任します。

織田元監督の発信

その後、織田氏はいろいろと発信します。これが火種となります。具体的な内容は後ほど。

  • ブログでの発信(R1.9.29)
  • 週刊新潮からのインタビューに答える
    R1.10.31に同誌に掲載
    特集「●」初激白!僕は「〜大の女帝」に排除された」との記事
  • 記者会見を開く(R1.11.18)
  • ふたたびブログで発信(同日)

これらについて裁判所は「名誉毀損だ」と認定しています。

織田元監督の請求

まずは織田元監督が訴訟を提起します。織田氏の言い分はザックリ以下のとおり。

==== 織田氏の言い分 ====
危険な練習方法を止める話し合いがあり、コーチは一旦謝罪はしたものの、そのあと激昂して「アンタの考えは間違っている」と言い、約1か月ほど、スケートリンク上で私を睨みつけたり、挨拶をかえさないなどしてあからさまに私を無視した。
私が近づくと露骨に嫌がる素振りを見せて遠ざかった。さらにアリーナの関係者に対して”私が監督に就任してからエラそうになった”など真実と異なることを言った。
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これがハラスメントにあたるので慰謝料を払え、という請求です。

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▼ コーチの反論
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コーチの反論は概要以下のとおり。真っ向対立ですね。

==== コーチの反論 ====
・無視していない
・露骨に嫌がる素振りをしたことはない
・挨拶をしなかったことはない
・織田さんの陰口を他人に言ったことはない
・「アンタの考えは間違っている」と言ったことはない

コーチの請求

訴訟を提起されてコーチも反撃に出ます(反訴)。
ブログなどで名誉毀損されたから損害賠償請求する、というものです。

コーチが「これは名誉毀損でしょ」と取り上げた織田氏の発言などは以下のとおり(判決から抜粋)。

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▼ 織田氏のブログ
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■ ブログ記事 〜その1〜
多忙を理由にして監督を辞任したわけではなく、(中略)辞めた本当の理由は、リンク内で私に対して嫌がらせやモラハラ行為があり、その影響で今年春頃から体調を崩すようになり、辞任するまでの3か月間リンクに行く事が出来なくなった事と、それに対するC大学の対応が誠意あるものに思えなかったからです。

■ ブログ記事 〜その2〜
・最初は全く目線を合わせず挨拶を無視され、私の見える場所から陰口を叩かれ、私が近くを通ると話すのをやめるような行動が続きました。
・リンク上で突然怒鳴られたり、また違う話し合いの場では意見を否定され続け、私を傷つける言葉も言われました。
・事前にどこかから入手した部則の内容が気に入らず、嫌がらせがエスカレートしました。
・Yコーチからは、以前にもリンク上での危険な練習について止めてほしいとお願いした所、激高された過去があった。
・YコーチがC大学関係者に「A(※織田監督のことでしょう)が私を辞めさせようとしている」とお話された。

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▼ 週刊新潮のインタビュー記事
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・直接的な理由は“Y先生”から受けた度重なるハラスメント行為、つまり嫌がらせです。(1頁目)
・Yチームの選手たちが高速で滑っていたこともあって、僕は正コーチであるY先生に“危ないのでやめてもらえませんか”と伝えました。しかし、“アンタは間違ってる!”と激昂されてしまった。(3頁目)
・スケート場で僕とすれ違いそうになると、Y先生は直前で“回れ右”をしてしまう。僕とは口も利きたくない様子でした。Y先生が僕の方を見ながら他のコーチとヒソヒソ話をすることも増えました。(3頁目)
・陰では、“A君は監督になってエラそうになった”“監督の権力でスケート部の伝統を変えようとしている”などと嘘を言いふらされて精神的に追い込まれたのです。(3頁目)
・Y先生がイラ立つようになって“この練習時間は評判が悪い!”“これじゃ、子どもたちの練習ができない!”と僕を直接怒鳴るようになった。挨拶も無視され、これまで以上に陰口を叩かれました。(4頁目)

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▼ 記者会見
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・(コーチから人格を否定されるようなことを言われるなど決定的な何かがあったのかという記者の質問に対する原告の回答として)それはありました。
・コーチから、氷上での危険な練習をされていたので。あの、すごく危なかったので、やめていただきたいという風に伝えたところ、あんたの考えは間違っているって言われて、激高されて、その後も、1か月間くらいは無視っていう形で。
・この数か月間、理由もなく敵意をずっと向けられ続けてきた。
・そこから少ししてハラスメント行為っていうのが、また起こった。
・僕自身が、そのハラスメントの行為、こういう先生の、こういう行為でちょっとリンクに行くのがすごい厳しいっていう時も、やっぱり謝罪の言葉っていうのはなかったです。
・無視だったり、陰口だったり、僕が好き勝手、リンクで色々やっているような、その、噂を流して、こうリンクに行きづらくなったりだとか。
・氷上の上でも直接、貸し切り時間について、みんなで決めたことなんですけど、怒鳴られることもあったし、違う話し合いの場でも、僕があの、違う方と話していても、その意見をこう間に入って否定してきたりだとか、その場でも僕を直接傷つけるような言葉も言われましたし。
・先生がやっぱりそういう、ま、態度であったりだとか、ま、なぜか分からないですけど、僕に対して、敵意、敵意っていうのがあるので、そういうあれではリンクに行きづらいっていうことをお話させてもらったんですけど、そこでも、謝罪はなかったです。

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▼織田元監督の反論
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織田元監督の反論の概要は、「社会的評価を低下させていない」というもの。反論の中で踏み込んで「コーチはこれまでの指導歴の中で数多くの教え子に対して指導の域を超えた暴言や暴力を用いるなどしており、そのような事情から絶対的な力を持つに至った指導者であることは広く知れ渡っている。なので、本件各表現行為によってコーチの社会的評価が低下することはない」とも主張しています。

裁判所の判断

監督の負け、コーチの勝ちです。順番に見ていきます。

織田元監督の請求について

裁判所はザックリ「コーチのハラスメントはなかった」と認定。理由は概要以下のとおり。

==== 理由 ====
・織田氏の言い分を裏付ける客観的な資料が存在しない
 ⇒証拠がないってこと
・コーチがそのような嫌がらせをする事情が見当たらない

ーーー なぜ、嫌がらせをする事情はナイと判断したんですか?

裁判所
「裁判の本人尋問で織田氏が以下の通り供述しているんです。『自分の要望したチームの練習方法については、当時コーチらと話をして円満に解決したと思っていた』『練習時間についての自分の提案についてもコーチが『学校も大切やもんね』と述べて同意したと思った』、と。

この織田氏の供述からすれば、当時、織田さんとコーチが選手の指導方針や部の運営方針などを巡って激しく対立していたと状況まではうかがうことができず、コーチが嫌がらせをする事情が見当たらないからです」

・大学のハラスメント委員会は、「ハラスメントなし」と結論づけている
・無視、にらみつけ、露骨に嫌がる素振りなどは、織田氏が元々有しているコーチに対する印象や、その時々の織田氏自身の心理状態、主観的な捉え方及び受け止めにも左右されるおそれがあるもの
・監督はコーチから選手の指導方針や部の運営方針について批判的な意見を受けるのも、ある程度受忍すべき
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以上の理由などから裁判所は「コーチが社会通念上許容される限度を超える違法なハラスメント行為を行ったと、認めるに足りる的確な証拠や事情は見当たらない」と認定しました。

コーチの請求について

裁判所は「織田氏の発信は名誉毀損だ」と認定。ザックリいうと、裁判所は、「織田氏の発信は、コーチがハラスメント行為や嫌がらせを行う人物であるかのような印象を抱かせ、社会的評価を低下させた」と判断。

結果、220万円の損害賠償請求を認めました(慰謝料200+弁護士費用20)。

ーーー なぜ、200万円なんですか?

裁判所
「コーチは長年アイススケート選手の育成に携わり実績を重ねてきました。今回の名誉毀損行為はコーチの資質に対する信頼を損なわせる内容です。さらに著名人である織田氏による名誉毀損行為を契機としてコーチを誹謗中傷するコメントがインターネット上に多数寄せられていることを考慮した結果です」

さいごに

今回はさまざまな理由からハラスメントはなかったと認定されました。「ふつうコーチより監督の方が権限つよいじゃん」っていう価値判断も大きな理由になった気がします。ハラスメントって基本【優越的な関係を背景とした言動】のことを指すので。

今回、織田氏の言い分は認められませんでしたが【無視やイジメはパワハラ】です。
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厚生労働省指針2(7)ハ
1人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること
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証拠の残し方はムズイですが、録音ですね。「おはようございます!」と挨拶して「…」という状況を録音するなど。「この案件の進め方についてなんですが」「…」などやり取りを複数録音すると裁判官が「コレ無視されとるな!」認定してくれる可能性が高まります。実践してみてください。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士

林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。                                         Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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