岸田総理「子どもの声は騒音ではない」法制化に意欲も…「“トラブルの火種”になり得る」と専門家が指摘するワケ
「子どもの声は騒音ではないとする法律」の制定を政府が検討していると4月下旬に報道され、話題となった。
しかし、長野市で起きた「公園廃止騒動」や、各地で発生している「道路族問題」、Twitterでかねてより散見される「#生活騒音に対する法規制を求めます」の投稿など、「子どもの声」に不満を持つ人も多いと見られる中、果たしてこの法律に“落としどころ”はあるのだろうか。
「下手をすればトラブルを増やす結果に」
たとえばドイツでは法律上の「騒音」の定義に「子ども」が含まれておらず、損害賠償請求訴訟などを原則受け付けないとしている。報道によれば、政府はこの事例を参考に法整備の検討を進めているようだ。
4月中旬の衆院厚生労働委員会で法整備の必要性が話題となった際には、岸田総理は「子どもの声が騒音であるという声に対して、我々は改めて、考えを改めなければいけない。これこそ次元の異なる政策であると考えて、これからも政策を進めていきたい」と発言したという(「TBS NEWS DIG」より)。
ところがこれに対し、40年以上にわたり騒音問題の研究を続ける橋本典久氏(騒音問題総合研究所代表/八戸工業大学名誉教授)は「効果を発揮するどころか、下手をすればトラブルを増やす結果になるのでは」と疑問を持つ。
「政府はドイツのように『子どもの声』を理由とした訴訟を原則起こせないようにするイメージを持っているようですが、こうしたやり方は、一部の極端な行動を規制するときにのみ有効です。すでに世の中で子どもの声を『騒音』だと認識している人が一定数いる中で、そちらを規制するような法律を作っても、混乱を招くだけではないでしょうか」(橋本氏)
橋本氏によれば、子どもの声による騒音トラブルが統計やマスコミ報道などに顕著に表れるようになったのは2000年前後から。2016年に橋本氏の研究室が首都圏一都三県で実施した調査では、子どもの声が「騒音ではない」と回答した人は47%、「騒音である」と回答した人が27%だった。「騒音ではない」と回答した人が多いものの、7年前にはすでに過半数を割り、「騒音である」と回答した人が3割近くもいたことになる。
「極端な話、『音楽は騒音ではない』と言ったところで、隣の家で音楽をガンガンかけていたら誰でもうるさく感じるわけです。それを『音楽は騒音じゃないからいいんだ』などと言い切るような状況が出てくれば混乱のもとになるのは当たり前で、『子どもの声は騒音ではない』と法律で定めたところで、同じような状況を招くのではないでしょうか」(橋本氏)
騒音問題に「防音対策」はNG!?
橋本氏は「騒音問題では“防音対策”をしてはいけない」と言う。
「そもそも騒音は音の大きさではなく、相手との人間関係、自分の心理的状況、それまでの話し合いの経過など、背景にいろいろな要因があって、それがフラストレーションとなって『うるさい』と感じるようになります。
それにもかかわらず、たとえば苦情が来て50万円かけて防音塀を設置した場合、設置した側には『うちは50万円もかけて対策させられた』『相手のために対策してやった』という“被害者意識”が生まれます。しかし防音塀によって何デシベルか音が小さくなったとしても、完全に音がなくなるわけではありません。そうした状況の中で、苦情を言った側が言われた側の『対策してやったぞ』という態度に接すると、フラストレーションがますます大きくなって、トラブルがエスカレートしてしまうのです。こういった事例は山ほどあります」(橋本氏)
騒音トラブルを防ぐには、音を出す側の「節度」、音を聞かされる側の「寛容」、相手の節度や寛容を感じ取るための「コミュニケーション」が必要だと橋本氏は言う。
「興味深い統計調査として、隣近所に好感を持っている人は、好感を持っていない人に比べて生活音が『邪魔に感じる』と答えた人が約1/3で、『非常に邪魔と感じる』と答えた人は約1/10になったそうです。
この結果からも、音に関しては『いかに人間関係を作っていくか』がトラブル防止に役立つことが分かります。私はこれを『地域コミュニケーション』と呼んでいます」(橋本氏)
大阪府の保育園では餅つき大会に近所の人たちを招待し、山形県の高校では部活動の部員たちが近所の雪かきを手伝うことで「地域コミュニケーション」の機会を作り、音に対する苦情を解決したなどの成功事例があるそうだ。
“行き過ぎた苦情”こそ法規制を
政府が「子どもの声は騒音ではないとする法律」で問題解決を図ろうとしている動きについて、橋本氏は「そういう法律を作るよりも、“行き過ぎた苦情”を『迷惑行為』として線引きするほうが効果があるのでは」と指摘する。
「先に述べたように、騒音問題は音の大きさではなく、個人のフラストレーションによって『うるさい』と感じるようになるため、音を出している側に悪意がなかったとしても、音を聞かされている側は『相手が迷惑行為をしている』と感じてしまいます。その結果『自分は迷惑行為に対して注意しているんだ』というつもりで、執拗に苦情を言う、何度も電話をする、荒っぽい言葉で注意するなどの事例が最近はとても多くなっています。
苦情をガンガン言い募ったところで騒音問題の解決にはならないので、音を出す側が異常だった場合は別として、普通の生活音に対する“行き過ぎた苦情”については『迷惑行為』とはっきり示すほうが、法律的なことをやるなら社会的に役立つのではないかと思います」(橋本氏)
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