「嫌いだから辞めさせる」 産休中の社員“自己都合退職”にした理事長…裁判所が下した“怒り”の判決とは
育休を取っていたXさん。突然、自宅に退職願が送られてきました。
ーーー 辞めるって言ったんですか?
Xさん
「言ってません」
「理事長が無理やり送ってきました」
「私を疎ましく感じていたんだと思います...」
Xさんが返送しないと、理事長は強行的に退職扱いとしました。
ーーー 裁判所さん、ヒドくないですか?
裁判所
「退職扱いは無効!」
「過去の給料を払え(バックペイ)」
「慰謝料もガッツリ200万円払いなさい」
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▼ 本日のポイント
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・出産、妊娠した女性への不利益取り扱いは禁止されている
・なので「退職の意思を表明したか?」の判断は裁判所がチョー慎重
・「LINEで退職の意思を表明するなんて、ほぼナイよね」by裁判官
以下、分かりやすくお届けします。(医療法人社団充友会事件:東京地裁 H29.12.22)(弁護士・林 孝匡)
※ 裁判を一部抜粋し簡略化、判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
事件の当事者
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▼ 会社
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・医療法人
・歯科クリニックを運営
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▼ Xさん
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・歯科クリニックで勤務
・歯科衛生士(正社員)
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▼ 理事長
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・Xさんを退職扱いにした人
・歯科医師
どんな事件か
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▼ 妊娠を報告
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働き始めて4年たったころ、Xさんは妊娠したことを理事長に伝えました。その後の経過は以下のとおり。
平成27年
夏ころ 妊娠したことを伝える
↓
9月20日〜 有休を取り、そのまま産前の休暇に入った
↓
11月29日 出産
↓
産後休暇に入る
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▼ 理事長とLINE
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年が明けて平成28年1月22日。Xさんと理事長のLINEは以下のとおり。
理事長
「復帰の時期は出産1年後、場所は●市近辺のままで変わってないですか?」
「書類送り先の住所も教えて下さい」
Xさん
「はい、1年後復帰で●市のままです(∧∧)」
「〒 ○○○-○○○○千葉県●市〜アパート〜」
理事長
「了解しました」
Xさん
「よろしくお願いします(o ’∀‘ o)」
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▼ どっこい!
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数日後、退職願がXさんの自宅に届きます。なにこれ? 1年後に復帰するっつーの! LINEで言ったじゃん! って感じですよね。
ーーー Xさん、なぜ理事長はこんな仕打ちをしてきたんでしょうか?
Xさん
「私を辞めさせたかったんだと思います。理事長から『育児休業から早く復帰してくれないか』と頼まれたんですが『1年は育児に専念したい』と断ったり、私が理事長にボーナスが支給されない理由を聞いたりしたので、私を疎ましく感じたのだと思います」
■ 補足
理事長はLINEのやりとりを独自に曲解して「Xさんが辞める意思を表明した」と判断したようです。ナゾの解釈ですが。
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▼ わたし、辞めませんよ
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数日後、Xさんが理事長にLINEします。内容は、退職するつもりはない、育児休暇の後に復帰したいというもの。そして、退職願は提出しませんでした。
理事長は、以下のような返答をします。「産前休業の前から退職の意思を表明してたじゃないですか」という旨の内容です。そして、退職手続きを進めると伝えました。
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▼ 退職を強行
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その後、 Xさんの自宅に離職票が届きました。そこには「一身上の都合により退職」と書かれていました(いやだから、辞めてねーっつーの)。
ジャッジ
裁判所の判断は、以下のとおり。
・退職の意思を表明してないね
・これまでの給料を払え(バックペイ)
・慰謝料もガッツリ払え
順番に解説します。
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▼ 退職の意思を表明したのか?
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理事長
「産休などが始まる間に、Xさんに『一段落した段階でも職場復帰をしてくれないか』と何回もお願いしたんですよ。なのにXさんは『無理っす』『地元の●市で仕事を探しますわ』と断ってきたんです」
ーーー 裁判所さん、どうですか?
裁判所
「Xさんがそんなことを言ったと裏付ける証拠がない」
裁判所
「退職の意思があったかどうかは慎重に判断すべきです。だって、仕事を辞めるってイチ大事でしょ」
「書面じゃないケース、LINEで退職の意思表示があったかどうかかは特に慎重に判断すべき」
「さらに! 今回のケースは、妊娠、出産、産前産後の休暇、育児休業をめぐるトラブルでしょ。こういうケースって会社が女性を【不利益に取り扱うことを禁止】(※)してるのよ。で、退職の強要って不利益取り扱いだから、今回のケースでXさんから退職の意思表示があったかどうかは、さらに慎重に判断しなければならないと考えております」
※ 女性に対する不利益取り扱いの禁止は、雇用機会均等法9条3項、育児・介護休業法10条等に定められている
ーーー 今回のケースは、どうですか?
裁判所
「退職するって、言ってないね」
〈理由〉
・Xさんは社労士に育児休業に関する手続きを聞いていた
・同僚の間ではXさんが育児休業することは知れ渡っていた
・同僚とのLINEにも職場復帰するとの文面あり
・同僚から「早く戻ってきてネ」「復帰まってる〜」との年賀状あり
裁判所
「あと、Xさんは出産の翌日、業務用グループLINEに以下のメッセージを送信してます」
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「落ち着いたらクリニックに遊びに行きまーす」
「私もAさんに会えるのを楽しみにしています」
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裁判所
「このLINEを見るとXさんは、面識のないAさんを含め人間関係を今後も維持しようとする姿勢を示していましたね」
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▼ 目当ては育児休業給付金か?
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医療法人
「Xさんは、職場復帰を予定しない育児休業取得で育児休業給付金を受給する意図があったんですよ」
裁判所
「んな意図があったこと裏付ける具体的な証拠は一切ない」
医療法人
「Xさんは、ウチや社労士事務所には職場復帰の話をしなかったのに、証拠づくりのために同僚には復職をにおわせて擦りこんでいたんですよ」
裁判所
「?? もしXさんが育児給付金の獲得だけを考えていたのであれば、社労士には職場復帰を表明して、育児休業が終わった後に『育児と仕事の両立は想像以上にキツイわ〜』と適当に理由をつけて退職するだけでいいじゃん。法人さんのいうような工作をする理由がない。法人の主張は、合理的な根拠のない荒唐無稽な憶測というほかない」
裁判所
「理事長は、平成28年1月以降、Xさんに不快感を抱いて、強引に退職扱いにしようと考えて、事実上解雇したといえる」
慰謝料はナンボ?
裁判所
「200万円です」
〈理由〉
・出産まもない状況下で強い精神的衝撃を受けた
・Xさんは貯金を取り崩したり親族から借金したりした
・マタハラが社会問題となっている...etc
裁判所
「あと、訴訟でも法人はこんな書面を出してきてますし」
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医療法人は女性に大変優しい職場であるが、Xさんが法人から不当に金を取り立て、又は不当に育児休業給付金を受給しようと画策している
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ーーー 「女性に大変優しい職場・・・」ですか。寝言は寝て言えですね。
裁判所
「バックペイを認めるだけでは回復しない重大な精神的損害が発生しております」
■ 解説
解雇をめぐる裁判で慰謝料が認められるのはレアケースです。一般的には「過去の給料(バックペイ)をもらえればそれ以上に慰謝料まで認める必要はない」という法律判断です。でも今回のように会社の対応がヒドければ裁判所がブチギレて慰謝料を命じることがあります。
ほかの裁判例
コチラも慰謝料が認められています(50万円)。
→「育休」女性社員の職場復帰を拒否・解雇… 会社の「言い分」に裁判所が下した判断は?
育休からの復帰を拒否され、解雇された事件。女性の勝利です。
相談するところ
妊娠、出産、育児休業などで会社から不利益な扱いを受けそうな方は、労働局雇用均等室に申し入れてみて下さい(相談無料・解決依頼も無料)。
労働局の呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!
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