「あなたは退場」社員を“整理解雇”も…裁判所が「無効」として“給料1年9か月分”会社に支払い命じたワケ
「今月であなたは退場となります」
これは実際に副社長からXさんに届いたメッセージです。解雇を宣告されました。
ーーー なんで解雇したんですか?
会社
「業績不振だからです。整理解雇せざるを得ませんでした」
ーーー 裁判所さん、どうですか?
裁判所
「財務書類も出さずによく言うよ」
「整理解雇はダメ!」
「Xさんにバックペイ(過去の給料)を払え」
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▼ 本日のポイント
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・整理解雇できる4条件とは?
・整理解雇はカナリむずかしい
・転職しててもバックペイをもらえるの?
・「キミはまだウチで働きたいのか?」をめぐる攻防
以下、分かりやすくお届けします。(ゼリクス事件:東京地裁 R4.8.19)(弁護士・林 孝匡)
※ 裁判を一部抜粋し簡略化、判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
事件の当事者
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▼ 会社
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・IT系の会社
・従業員20名(Xさんの入社当時)
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▼ Xさん
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・女性
・正社員
・インフラエンジニアの仕事に従事
どんな事件か
Xさんは、入社から6か月で解雇されました。
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▼ “退場”を宣告される
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ある日、Xさんは38度以上の発熱に見舞われました。コロナの時期だったので罹患(りかん)したのかもしれません。
Xさんが会社に報告すると、副社長から「2週間、自宅で待機するように」と指示を受けました。
その5日後、副社長から“退場メッセージ”が届きます。メッセージには以下の内容が。
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予算不足のため9月から体制を縮小します。そのため、Xさんは8月末をもって退場となります。今、隔離中ですので引き継ぎはしなくていいです(以下略)
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▼ 解雇
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その数日後、副社長が「翌月末で解雇します」と通告しました。解雇の理由は、Xさんのスキルが会社に合わないというものでした。
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▼ 解雇の理由が変わる
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解雇通知から約1か月後、解雇通知書が届きました。その通知書では解雇の理由が変わっていたんです。「業績不振のため」と書かれていました。
■ 林の推測
会社は「スキルが合わないから解雇(法律用語で「普通解雇」)はムリかもしれない...」と考えたのでしょう。なので業績不振を理由とした整理解雇にチェンジしたのかもしれません。まぁ今回どっちもムリなんですけどね! 知恵をしぼったんやろうけどドンマイ!
さて、
ジャッジ
ーーー 裁判所さん、この整理解雇どうですか?
裁判所
「ダメだね。整理解雇は無効」
「Xさんにバックペイ(過去の給料)を払いなさい」
ーーー どんなときに整理解雇がOKになるんですか?
裁判所
「以下の4つの要素をミックスしてOKかどうかを判断します」
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1. 人員削減の必要性はあるか
2. 解雇を回避する努力をしたか
3. その人を選んだことに合理性はあるか
4. 解雇手続きの妥当性
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■ 説明
この判断手法は確立されています。(東洋酸素事件:東京高裁 S54.10.29)
裁判所の判断を順番に見ていきます。
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▼ 人を減らす必要あったの?
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裁判所
「人員を削減する必要性はなかったですね」
〈理由〉
たしかに、売上高が減少傾向だった時期もあるけど、そもそもオタク、財務状況が分かる書類を裁判所に提出してませんよね(貸借対照表・損益計算書など)。となるとXさんを解雇した当時に人員削減が必要な状況だったとは認定できない、など。
■ 説明
会社がふわふわした説明をしてると裁判所は「シャラップ!」と叫びます。「ウチ、経営状況キツイんですけど」を立証するには、キチンとした書類に基づいた的確な説明が必要なんです。
裁判所
「あと、Xさんを解雇した前後にウェブサイトで求人広告を出してますよね」
■ 説明
新たに採用しようとしてんじゃん! まだ余裕あんじゃん! ってことです。
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▼ 解雇を避ける努力をした?
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裁判所
「解雇を回避する努力もしてませんね」
ーーー 会社さん、不服そうですね。どうぞ。
会社
「役員報酬の減額などもしましたが...」
裁判所
「さっきも言いましたが、その裏付けとなる財務書類を提出していないじゃん。金額が分からないよ。仮に役員報酬を不支給にしてたとしても、その時期はXさんを解雇した時期より6か月以上前ですよね。解雇を回避するためのものと捉えることはできない」
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▼ なぜXさんを選んだの?
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会社
「こんなことがあったんです → XさんはIT関係の知識がない、単純ミスを繰り返したのに一切反省しない、言い訳する、遅刻や離席が多い、何度も注意して解雇もありうると説明したけど改善が見られなかった。なので解雇したんです」
裁判所
「いやいや、ちょっと待って。チョー土台から間違ってるから。それ、整理解雇じゃないから。整理解雇ってザックリ言うと『会社の経営が厳しいので断腸の思いで解雇に至りましたグスン』ってヤツよ。今の会社さんの主張は【ふ・つ・う解雇】ってヤツです。違い分かる? まぁ今回のケースでは普通解雇もできませんけどね! はっ!」
というわけで「この整理解雇はダメ〜」となりました。となると、会社に鉄槌が振り落とされます。
衝撃のバックペイ
Q.
バックペイって何ですか?
A.
過去にさかのぼって給料がもらえることです。具体的には【解雇された日から → 訴訟になって → 判決が確定する日までの給料】のことです(民法536条2項)。
今回のケースでは約1年9か月分の給料の支払いを命じました(転職前は満額、転職後は6割)。
■ 注目
Xさんは転職したんですが、転職したとしても基本、6割の給料をもらえます。ただし「元職場に戻る意思がある」と認定できる期間分だけです。裁判官が「もう戻るつもりないよね」と認定した時点以降はもらえません。
会社
「そこなんですよ!」
ーーー いきなり何ですか?
会社
「Xさんは解雇されたあと弊社で就労する意思を失っています。だって、訴訟前の団体交渉で金銭解決を求めていたんですよ」
裁判所
「まぁ団体交渉ではいろいろな条件交渉が行われますからね。最終的にXさんは金銭解決を断って訴訟を提起してるので、就労の意思いまだにアリと認定します」
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▼ 転職してたら?
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会社
「としても、転職してるじゃないですか。転職した時点で就労の意思を失ってますよね」
裁判所
「いや。御社では正社員だったけど、転職した会社では有期雇用や業務委託です。御社の方が安定してますよね。Xさんも訴訟で『まだあの会社で働きたい』旨の発言をしてますし、就労の意思いまだにアリ!」
■ 説明
今回の会社の主張「もはや弊社で就労する意思がないじゃん!」は、ほぼ必ずしてきます。就労の意思ナシと認定された時点以降はバックペイが発生しないので。就労の意思がまだある? なくなった? は死活問題なんです。
■ 心がけ
「この解雇は無効だ!」合戦をするときは、訴訟前の交渉などでも「自分まだ働きたいっす!」を全面的にアピールしておきましょう。
相談するところ
解雇をにおわされている方や解雇された方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。
労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんなときは社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!
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