「他の人には言わないで」お願いしたのに…“性的指向”暴露された男性に「労災」認定

職場で同性愛者であることを暴露され、精神疾患を発症して働けなくなった20代の男性への労災が認められた。労働組合「総合サポートユニオン」によれば、他人の性的指向を同意なく暴露する「アウティング」によって労災が認定された報道は過去になく、国内初めてである可能性が高いという。
7月24日、男性は支援者らとともに東京都内で記者会見を行い、労災認定までの経緯を詳しく説明した。
「恥ずかしいと思ったから、俺が言っといたんだよ」
2019年5月、東京都豊島区の生命保険代理店に入社したAさんは、入社直後に40代の男性上司から性的指向を同意なく暴露される「アウティング」の被害に遭った。
上司との外食中、「同性のパートナーがいることを、パート(従業員)に言った。自分から言うのが恥ずかしいと思ったから、俺が言っといたんだよ。1人ぐらいいいでしょ」と笑いながら告げられたという。
Aさんは会見で、この時の気持ちについて「頭の中が真っ白でパニック状態になった。めまいもすごくて、その場から逃げたい、消えたいという状態に陥りました」と振り返った。
上司のアウティングによってAさんが同性愛者であることを知ったパート従業員は、Aさんの話かけを無視するなど差別的な対応をとるようになった。さらに、アウティングを契機に信頼関係が崩れた上司からは、新たに暴言や暴力などのパワーハラスメントも受けるようになった。Aさんは社長にも被害を相談したが、問題が改善することはなかったという。
精神疾患を発症し休職を余儀なくされたAさんは、パートナーの支援などから労働組合へ加入。2020年3月より会社と団体交渉を開始した。しかし会社側は、「Aさんが性的指向をオープンにしていきたいという意向だったので、善意でやった」などと反論。実際には、入社時に緊急連絡先として「パートナーシップ制度」を利用した同性パートナーの連絡先を伝え、同性愛者であることを会社に伝えたAさんは、自身の性的指向について「他の人には言わないでほしい」と上司に伝えていた。
和解後に労災申請をした“理由”
Aさんの職場がある豊島区には、全国でも珍しい「アウティング禁止」の条例(※豊島区男女共同参画推進条例第7条第6項)が制定されていたことから、2020年6月に、労働組合とAさんは豊島区に対し条例に基づく申し立てを実施。
会社は事実関係を認め、豊島区の立ち会いの下でAさんへの謝罪を行い、再発防止策の策定、謝罪金の支払いなどを盛り込んだ和解に応じた。
その後、Aさんは2021年4月に池袋労働基準監督署へ労災を申請。和解後に労災申請を行った理由について、総合サポートユニオンの佐藤学氏は「加害行為と精神疾患の因果関係が公的に認められ労災が認定されれば、これから同様の被害が生じた際に訴えやすくなり、職場のアウティング被害をなくすことにつながっていくと考えた」と説明。しかしアウティングは、現行の労災保険の適用条件には明確に位置づいておらず、「申請した段階では労災が認定されるかどうかはわからなかった」という。
「オンライン署名を行い1万8000筆を超える署名を厚生労働省へ提出するなど、社会的な運動も行い、職場でのアウティングを労災認定しようという機運を高めるための取り組みを広げてきました。署名を提出した際、厚労省の担当者からはアウティング禁止が含まれる『パワハラ指針』を根拠に、労災を認定する可能性があると前向きな回答はもらっていましたが、結果を待っている状態でした」(佐藤氏)
結果的には厚労省の言葉通り、2022年3月に労災が認定された。今回の会見は、Aさんの体調に考慮して、労災認定から1年以上が経過したタイミングで行われた。
アウティングによる労災認定の意義
Aさんは会見で「労災の基準を変えるような結果を出せてよかったです。同じようなことをされた人が泣き寝入りをしないために、自分も今後できるだけの支援をしたいと思っています」と語った。
会見では、東京都労働局より公開された調査復命書も公開された。事案の概要(認定した事実)には、「アウティング」が労災認定の根拠となる事実であると明示されている。

佐藤氏は、事実認定について「これまで前例がない画期的なことだ」と評価。「権利行使をして労災認定を得ることができたのは、アウティングの加害行為が社会的な責任を問われるようになったということで、今後LGBTQへの差別やアウティングを無くしていく上で、大きな前進だと考えています」と語った。
法制度の拡充と“現実”
本人の同意なくLGBTQであることを暴露する「アウティング」をめぐっては、2015年に一橋大学の学生が被害を受けた後に自死する事件が起きた。遺族が大学側の安全配慮義務違反を訴えた裁判の中で、東京高裁はアウティングについて「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであり、許されない行為であることは明らか」と、違法性に触れている(2020年11月25日)。
近年では、自治体でアウティングを禁止した条例の制定が広がりつつあるほか、2020年6月に施行された「パワハラ防止法」(改正労働施策総合推進法の通称)では、アウティングは「個への侵害」としてパワーハラスメントに該当すると明記された。
法制度が拡充されている一方、2020年に行われたLGBTQ当事者を対象とする調査では、当事者の4人に1人がアウティング被害にあった経験があり、78.9%が「職場や学校で、性的少数者に対する差別的な発言を聞いた経験がある」と答えている。
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