災害報道で“自宅特定”された女性が「下着泥棒」被害に…“モザイク”かけないテレビ局に法的問題は?
災害報道では、被災者が自宅前でマスコミのインタビューに応じることも珍しくない。しかしそれをきっかけに、思わぬ犯罪に巻き込まれてしまったケースがある。
今年7月下旬に静岡地裁で開かれた初公判。女性の下着を盗んだ罪に問われた男は、2021年7月に熱海市で発生した土石流災害に関する報道番組を見ていた際、インタビューに答える被災者女性に興味を持った。そして驚くべきことに、地図検索アプリなどを使って女性の自宅を特定し、現地を訪れて下着を盗み逮捕されたという。
災害報道のプライバシー保護「規定ない」が…
災害報道では多くの場合、被災者の自宅や顔にモザイクがかけられていないが、取材しているエリアが明白である以上、被災者の自宅を絞りこむのはそう難しくないように思われる。災害報道における被災者のプライバシー保護について、報道番組やテレビ局内に規定はあるのだろうか。
民放で報道・情報番組の記者やプロデューサーを務めてきたA氏は「もちろん配慮はしますが、規定があるわけではなく、基本的にはインタビューを受ける方が『OK』と言えばそれでよいという運用になっています。なので、承諾の場面からカメラを回しておくのが一般的です」と話す。
「報道の目的は『事実を伝える』ことなので、モザイクやボイスチェンジといった加工はなるべくしないのが原則です。
もちろん、事件現場の近隣住民への取材など、匿名性が特段求められるケースでは、こちらから『(顔を映さないよう)首から下だけ撮影しますか?』『(服装が分からないよう)足元だけ撮影しますか?』など提案することもあります。しかしそうでない場合、こちらから積極的に持ちかけることはありません」(A氏)
では熱海の事件のように、インタビューに協力してくれた被災者が犯罪に巻き込まれるなど不利益を被った場合、報道番組やテレビ局側ではどのような対応をとるのだろうか。
「抗議があった場合は個別に対応していくと思いますが、謝罪や損害賠償に関する規定は聞いたことがないです。そもそも災害現場にはたくさんの報道陣がいるため、どのインタビューから自宅を特定したのかも不明瞭ですし、抗議自体なかなかしづらいところだと思います。
熱海の件については、正直インタビューする側もされる側も、まさかそれをきっかけに下着泥棒が来るとは想定していなかったのではないでしょうか。しかし、これまでも何かトラブルが起きるたびに現場のルールが変わってきたという背景があるので、もしかすると今後、何かしら運用が変更される可能性もゼロではないと思います」(A氏)
災害報道から自宅が特定された…! テレビ局の法的責任は?
災害報道をきっかけに被災者が自宅を特定され、熱海の事件のように下着泥棒の被害に遭うなど不利益を被った場合、テレビ局側の法的責任は問われないのだろうか。メディアの法的責任に関するコラム執筆も多く手掛ける杉山大介弁護士に聞いた。
「熱海の件については、法的に問題になるところはないです。どう放映されていたのか分かりませんが、モザイクなどがかけられていなかったとすれば、放映への同意とかを取っているでしょうし、究極的には外にいる人の外観というのは何もしなくても世間から目にすることができるわけですから、無断で撮影したとしても当然に違法になるわけではないくらいに弱いプライバシーの利益でしかないです。
この件は、結局誰かをターゲットに選ぶ際に印象に残った人を選んでるだけなので、このレベルのものを防ごうとすると情報を遮断するしかなくなります。残念ながら防ぎようがないですね」(杉山弁護士)
報道番組のインタビューで不利益を被った例として、最近では今年1月にTBS系の報道番組「news23」が放送し問題となった、JA共済の内部告発に関する報道(証言した職員のモザイク処理が甘かったことにより、証言者が特定され退職に追い込まれたケース)もある。
「こちらは法的にも問題になり得ますね。一般常識に照らしても、発覚すれば不利益を被る事実であることは分かるし、だからモザイク処理などを行うわけで、告発者も匿名を求め、それに対してテレビ側もバレないことを約束した。信義則上の義務が生じる関係であり、そこに義務違反があれば、民事的な損害賠償の話にもなると思います。
ただ『告発者だから退職に追い込まれた』という部分はやっぱり気になるところで、告発だけを理由に辞めさせようとしたのなら、本人も労働問題として争うことはできるのが本来の法律の仕組みです(ちなみに『公益通報者保護法』も労働法の一種です。ただ、本件に適用されると当然に言えるわけではありません。通報先によって要求される条件が変わります)。『テレビのせいで辞めさせられた』という責任まで問われるかは、争いの余地があるでしょう。
以上が、法律…というか、法律に訴えると結局は損害賠償の問題になるので、損害賠償の観点からの話です。
そもそも報道の立場というものを考えると、取材源を守るのは仕事をしていく上でも絶対に必要な前提ですし、ひとつの番組のせいで協力に懸念を覚える人が増えたら、社会的なマイナスも大きな問題だと思います」(杉山弁護士)
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