「すごいですよ、ピリピリして」“死刑執行”当日に元受刑者が感じた“異様な雰囲気”

弁護士JP編集部

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「すごいですよ、ピリピリして」“死刑執行”当日に元受刑者が感じた“異様な雰囲気”
死刑執行に関するラジオニュースはカットされることなく拘置所内に流されるという(KY / PIXTA)

内閣府が2019年に実施した世論調査によれば、死刑制度について「やむを得ない」と回答した人は80.8%で、「廃止すべきである」の9.0%を大きく上回っています。

しかし、国民は「死刑」について、どのくらい知っているのでしょうか。死刑執行当日の拘置所に流れる異様な雰囲気、刑務官たちの重すぎる心的負担、死刑囚の心のケアを行う教誨師の苦悩…。

死刑執行に携わるさまざまな立場の人たちへのインタビューをもとに、いわば“ブラックボックス化”したまま継続されている「死刑制度」の実態に迫ります。

#2に続く

※この記事は共同通信社編集委員兼論説委員の佐藤大介氏による書籍『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(幻冬舎)より一部抜粋・構成しています。

房に流れる執行のラジオニュース

「その日」の朝、執行される確定死刑囚の房があるフロアは、普段とは違った空気に包まれる。

通常、死刑執行が行われるのは午前8時から9時ごろの間だ。7時25分の朝食が終わった後、執行される確定死刑囚の独房に処遇部門の職員や警備隊員が「お迎え」に訪れ、刑場に連行していく。朝食後、複数の足音が近づいて独房のドアが開けられたとき、そこに普段の担当看守とは違う拘置所職員や警備隊員が立っていれば、確定死刑囚は自ずとその意味を悟るという。

東京拘置所で約2年間、衛生夫(※)として服役した江本俊之さん(仮名)も「その日」を経験している。

※ 判決で懲役刑が確定した受刑者のなかから選ばれ、被収容者の身の回りの世話、食事の準備、配膳、清掃といった雑務を担う。初犯で犯罪傾向が進んでおらず、一定程度の学力を有している人物が対象とされる。

確定死刑囚が数多く収容されているC棟11階を担当していた江本さんは、被収容者たちが起床する午前7時よりも早い6時半にはフロアに行き、早めに自分の朝食をすませて、掃除や朝食の配膳などの仕事を行うことが日課だった。だが、死刑執行のあった当日は様子が違っていた。

「朝食を配膳して片づけるときから、刑務官に『悪いけど早くしてくれ』と急かされるんです。その段階でなんだかおかしいなと感じるのですが、しばらくすると処遇部門の課長や係長といった、普段は(C棟11階に)いない人たちの姿が目につきました。これはなにかあるなと思っていると、8時くらいに刑務官に呼ばれ『掃除はしなくていいから、こちらに来るように』と別部屋に連れて行かれ、30分ほど待機させられたのです。フロアに戻ると房がひとつ開いていて、収容されていた死刑囚がいなくなっており、刑務官が神妙な顔つきで房から荷物を運び出している。その姿を見て、死刑の執行があったんだなとはっきりとわかりました」

それまで同じフロアにいた被収容者の一人が、突然連行されて、二度と戻ってこない。冷徹な事実を突きつけられた確定死刑囚たちは、否応無しにそこに自らの運命を重ね合わせ、激しく動揺する者も少なくないという。

録音したラジオのニュースを午後に流す際、死刑執行に関する内容もそのまま放送され、新聞も同様に読むことができる。法務省関係者は「被収容者の心情の安定などを考えて、死刑関係のニュースはカットしたり、新聞を黒塗りしたりしていた時期もありましたが、現在は行っていません。法務省として事実関係を公表している以上、そうしたことをする必要がないとの判断です」と説明するが、執行後のフロアは異様な雰囲気に包まれる。

江本さんが続ける。

「すごいですよ、ピリピリして。(確定死刑囚たちが)報知器を押して刑務官を呼び『今日、あったんでしょ?』と聞くんですよ。もう、すごい剣幕です。でも、刑務官としては何も言えない。そうこうしているうちにニュースが流れて、はっきりと知ることになり、一気に重苦しい空気になる。刑務官に当たり散らすのもいれば、放心状態になるのもいます。(死刑執行から)2日間は、いつもフロアを担当している刑務官のほかに、課長や係長も詰めて、平静を保つように努めていました」

身重な妻がいる刑務官は担当を免れる

検察庁を通じて死刑執行の命令が届いた拘置所では、執行当日まで緊張に包まれる。死刑執行施設のある拘置所の元幹部が、その模様を振り返った。

「執行に携わる刑務官を選ぶことや、対象となった死刑囚の動静を注意深くチェックすることが、まず必要となります。連行から執行の言い渡し、遺言の作成などを経て執行まで、いかにスムーズに行っていくかが最大の課題です。死刑囚本人に、余計な恐怖や苦しみを与えることは避けなければなりません」

立ち会い役の幹部以外で、執行に直接携わる刑務官は6〜7人。元幹部によると、勤務態度が優秀なベテランと若手が選ばれ、妻が妊娠中であったり、家族に病気の者がいたりする場合などは対象から除かれるという。元幹部は「明文化されているわけではないが、身内に何かあった場合に『自分が死刑に関わったからではないか』と刑務官に思わせないため、慣例的な配慮をしている」と明かす。

執行に携わることになった刑務官は、刑場の掃除や確定死刑囚の首にかけるロープの確認、目隠しといった「必要品」の準備などに追われる。

ロープは、確定死刑囚の身長や体重から計算して、執行時に地下の床から30センチほどの地点に足先が来るように調整される。これとは別に、処遇部長など拘置所幹部は、棺桶の手配や教誨師への連絡、連行時の警備態勢のチェックなどを行う。執行に向けて、拘置所当局は急ピッチで準備にあたる。

執行当日の朝、対象となる確定死刑囚の房に向かうのは、教育課長ら幹部に加え、「警備隊」と言われる警備専門の屈強な刑務官たちだ。刑場への連行の言い渡しを受けた確定死刑囚が取り乱して暴れたりした際は、警備隊員が制圧にあたり、有無を言わさず連行していくことになる。

「言ってみれば、拘置所内の汚れ役ですよ。執行の日に、房から嫌がる死刑囚を無理矢理引きずり出して、刑場まで運んでいくなんて誰もやりたくない。警備隊員も『頼むからおとなしく刑に服してくれ』と、心の中では思っているんです」

元幹部は苦々しい表情を浮かべながら、そう話した。

第2回目に続く

  • この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル

佐藤大介
幻冬舎

世論調査では日本国民の8割が死刑制度に賛成だ。だが死刑の詳細は法務省によって徹底的に伏せられ、国民は実態を知らずに是非を判断させられている。暴れて嫌がる囚人をどうやって刑場に連れて行くのか? 執行後の体が左右に揺れないよう抱きかかえる刑務官はどんな思いか? 薬物による執行ではなく絞首刑にこだわる理由はなにか? 死刑囚、元死刑囚の遺族、刑務官、検察官、教誨師、元法相、法務官僚など異なる立場の人へのインタビューを通して、密行主義が貫かれる死刑制度の全貌と問題点に迫る。

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