「“悪魔の所業”を報じても追随するメディアはなかった」 …元週刊文春記者が語る “ジャニーズと芸能マスコミ”知られざる利害関係とは
今年3月に放送された英国放送協会(以下、BBC)のジャニーズ事務所創業者である故・ジャニー喜多川氏による所属タレントへの性加害報道は世間に衝撃を与えた。
BBCの報道以降、長年ジャニー氏による性加害問題の追及を続けてきた『週刊文春』は再び同問題の追及キャンペーンを展開。同誌において顔出し、実名告発を行ったジャニー氏による性加害被害者であるカウアン・オカモト氏が4月に日本外国特派員協会において記者会見を行うと、長年この問題を黙殺し続けてきたメディアの一部はようやくジャニー氏の性加害について報じ始めることとなった――。
これまで、マスコミ業界のタブーとして存在していたジャニー氏による性加害の実態を23年間にわたり追い続けてきた元『週刊文春』記者でジャーナリストの中村竜太郎氏がジャニーズ問題の本質とこれまでの経緯について改めて振り返る(インタビュー・全2回 前編※【後編】「いまだにやっていたのか…」ジャニーズ性加害問題を追い続けた元週刊文春記者を襲った “無力感”)。
「ジャニー氏が少年性愛者だということは暗黙の了解」
私がジャニーズ性加害問題を取材していたのは『週刊文春』在籍時。1999年10月から14週間にわたってのキャンペーン報道でした。
取材班はごくわずかな人数で、ひとりは主に若いジュニアの被害実態の取材を担当し、私はそれ以前の古い世代を含めた元ジャニーズの被害者を取材しました。
当時、私がテレビ局や芸能関係者らに取材したところ、ジャニー氏が少年性愛者だということは暗黙の了解という感じで、業界関係者の間である程度浸透していましたが、残念ながらそれは業界のウラ話として口にあがるばかりで、問題視している気配はありませんでした。
『週刊文春』の性加害追及キャンペーンで特に話題になったのは、ジャニーズ合宿所における少年への性加害の実態を描いた『ジャニーズの少年たちが「悪魔の館(合宿所)」で強いられる “行為”』というタイトル記事でした。被害者らにジャニー氏による性加害の詳細を聞いた内容は読者や業界では大反響となり、知人の記者からも「あそこまで書いて大丈夫?」といった反応はありましたが、それ以降も後追いする大手メディアは皆無で、まずそのことに驚きました。
当時はSNSがいまほど広まっていない時代です。メディアはテレビ、新聞、特に芸能に関してはスポーツ紙が影響をもっていました。ですからジャニーズはそうした芸能メディアを優遇し、時には現場レベルで豪勢な接待などをし、しっかりとコントロールしていたのです。
当時の芸能プロと芸能マスコミは “ギブ・アンド・テーク”の関係
某紙の“J担”女性記者は担当を外された時、怒り心頭だったことを覚えています。なぜならジャニーズのスターと仲よくなれたり、ライブの優先席をもらったり、有形無形の多大な恩恵を受けていたからです。
テレビ局にしても同様のことはありましたし、プロデューサーに「タレントのスケジュールをあげるから好きに使って。その際発生したギャラはあなたにあげる」ということもありましたから、利益を享受していた人たちは当然、ジャニーズを擁護する側に回るわけです。当時の芸能プロと芸能マスコミは、年末年始のお年玉やお車代を渡したりするのは常識で、ギブ・アンド・テークの関係が続いていました。
このような利害関係から、『週刊文春』がジャニー喜多川氏の“悪魔の所業”を具体的かつ詳細に報じても、結果的に、追随するメディアはなかった。ですから取材メンバーとも相談しておのおのの知り合いのメディアなどにも情報提供し、連帯してこの未曽有の性犯罪を報じてもらおうということになりました。
私もスポーツ紙、一般紙、テレビの報道やワイドショーの知り合いに声をかけ、なかには「ぜひ、やりたいです」と呼応する記者もいて、そのつど大いに期待しましたが、一向に記事が出る気配はない。後日聞くと「社の判断でできなくなりました」ということがほとんどでした。
「日本のメディアは異常だ」
ジャニーズ事務所から名誉毀損で提訴されたのは性加害追及キャンペーン開始からしばらくしてからでした。裁判は地裁、高裁、最高裁と続き、長い時間を要しましたが、04年の最高裁判決が確定するまでにありとあらゆる手段は尽くしました。
日本のメディアが報道しないのなら「海外のメディアに報じてもらおう」と考えた私たちは、ニューヨーク・タイムズにジャニー氏の性加害問題を持ちかけました。
ジャニー氏の悪質な性加害についてカルビン・シムズ記者(ピューリッツァー受賞記者)は「ありえないくらいの重大な犯罪だ」と憤り、同時に「日本のメディアは異常だ」と断罪しました。彼の記事はニューヨーク・タイムズの紙面を飾り、インターネットでも配信され反響を呼びました。しかしやはり国内においては、外電を紹介する報道はまったくありませんでした。
00年4月には自民党の阪上善秀議員に「青少年問題に関する特別委員会」において法務省や警察庁などの関係省庁のキャリア官僚らに質問してもらい、官僚らからの答弁も得ましたが、それでもこの問題を報道する大手メディアはありませんでした。
今となって「この問題について認識が薄かった」とコメントしていますが、当時の新聞やテレビ局が週刊誌を低く見ていた風潮も背景にあると思います。
今も当時もこの問題は単なる芸能スキャンダルではなく、国会でも質問され、権力者の悪質な性犯罪を暴いていた訳ですから、社会的に報じられるべきだったはずです。それをしなかったのは、大手メディアが「週刊誌の後追いはしない」「たかが芸能だろ」という偏見や差別意識を持っていたためだと思います。今でいうと、既存の大手メディアがユーチューバーやSNSユーザーを見下すのと同じような構図でしょうか。
「文春はうそを書いて金もうけする最低の週刊誌」
さてジャニーズと週刊文春の裁判の行方ですが、東京地裁は「真実と信ずる相当の理由があったとはいえない」として名誉毀損を認定。しかし、その後の東京高裁は性加害を伝えた記事の真実性を認め、判決は2004年に最高裁で確定しました。
性加害の実態を世間に知ってもらいたいのに、ジャニーズ事務所やファンからの反発が出て、自社の媒体や番組に不利益を懸念したのでしょうか、最も大事な性加害の事実に触れるメディアはありませんでした。一方でジャニーズは「文春はうそを書いて金もうけする最低の週刊誌」と内外に喧伝していました。
それ以降もジャニー氏の問題やジャニーズの組織体質について批判記事を書きましたが、私はジャニーズのブラックリストでしたから、記事を書くと“スラップ訴訟”されるように。例えば森光子さんの訃報記事を書いた際にも、親交があるという理由だけで文脈に関係なく、ジャニー氏の姉メリー氏から訴状が届いたことがあり、裁判官や双方の弁護士でさえ理解に苦しんでいました。
このことからもわかるように、莫大(ばくだい)な財力を使って妨害するという状況でしたから、キャンペーン以降もジャニーズネタに関して文春は訴訟リスクが高まった。ことさら気を付けて、訴訟前提に細心の注意を払った上で記事を書くよう心がけていました。
もし訴訟で負けるようなことがあれば2004年に勝ち取った事実認定の信ぴょう性も覆されてしまいますから、その看板を汚さないようにとストレスは大きかったですね。
(後編に続く)
中村竜太郎
ジャーナリスト。1964年生まれ。大学卒業後、会社員を経て、1995年から週刊文春編集部で勤務。政治から芸能まで幅広いニュースを担当し、04年「NHKプロデューサー巨額横領事件」、13年「シャブ&飛鳥」など数々のスクープを飛ばす。「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」では歴代最多、3度の大賞を受賞。第46回大宅壮一ノンフィクション賞候補。2014年独立し、現在は月刊文藝春秋などで執筆中。
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