“バイク出勤”隠して「通勤手当200万円」不正受給… 大学准教授の“あきれた言い訳”に裁判所が下した判断
通勤手当200万円を不正受給した事件です。かいつまむと以下のとおり。
大学
「先生っ! あなた、通勤届には電車通勤って書いてますけど、・・・バイクで通ってますよね」
「通勤手当200万円、ポッケにナイナイしてますよね」
「懲戒解雇!」
〜 裁判にて 〜
准教授
「通勤届と実態を照合して指導するのが大学の職責だ」
「あなた方が注意すべきだった」
裁判所
「なんと! 懲戒解雇はOKです」
(学校法人帝京大学事件:東京地裁 R3.3.18)
今回、懲戒解雇がOKになりましたが、通勤定期代を浮かせていたケースで「懲戒解雇ダメ」と判断した裁判例もあります。その判例もご紹介します。(弁護士・林 孝匡)
※ 判決を簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
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▼ 大学
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・帝京大学を運営する学校法人
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▼ Xさん
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・准教授(解雇当時60歳くらい)
どんな事件か
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▼ バイク通勤を隠しつづけること...
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約6年3か月です。Xさんは「電車やバスを利用する(通勤時間90分)」と大学に伝えて、1か月の定期代2万8000円を受け取っていたのですが、実はバイク通勤していました。
バイク通勤していることを大学にバレないように、大学近隣の店舗の駐車場にバイクを止めていました。バイクはスーパーカブです。
Xさんが受け取った定期代は約200万円。
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▼ あえて遠回り
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まだ悪行は続きますよ。Xさんの自宅から大学までの合理的な経路から算定すると、定期代は1か月で1万4000円(所要時間45分)だったにもかかわらず、あえて遠回りする経路を選んで大学に申告していたんです。定期代のカサ増しです。
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▼ 大学がブチギレる
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大学がXさんのバイク通勤を突き止め、さらに遠回り申告であったことも突き止めます。大学は「通勤手当を不正に請求」したとして、Xさんに免職処分を出しました。免職処分とは、依願退職させる処分のことです。
Xさんが期限までに退職届を出さなかったので、大学はXさんを懲戒解雇しました。
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▼ 訴訟を提起
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Xさんは「懲戒解雇は懲戒権を濫用したもので無効だ」と訴訟を提起。准教授の地位にあることの確認とバックペイ(過去の給料)を請求しました。
ジャッジ
裁判所
「懲戒解雇はOK」
以下、理由を解説します。
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▼ 基礎知識
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懲戒解雇って、そうカンタンにはOKになりません。以下の条文があるからです。
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労働契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
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裁判所は「この懲戒解雇、合理的な理由ある?」「社会通念上相当?」をカナリ慎重に検討します。その結果、「懲戒解雇ダメ〜」となるケースが多いのです。懲戒解雇って労働者からすれば“死刑”に等しいですから。
Xさんの懲戒解雇がOKになった理由は、以下のとおりです。
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・受給額全額について詐欺と評価し得る悪質な行為
・その経緯や動機には酌むべき事情ナシ。大学の損害は合計約200万円と多額
・仮にXさんがバイク通勤ではなく大学の考える経路によって通勤していたとしても、カサ増しは100万円以上。結果は重大。
・裁判では反省しているようだが、大学側からの聴取時には反省の弁を述べなかった
・ばかりか、大学が自分に注意すべきだったなどと責任転嫁していた
・訴訟を提起されるまで通勤手当を返還しなかった
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裁判所は、一連の経緯をすべて検討して悪質性を判断します。
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▼ 研究費の不適切請求
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通勤手当の不正請求だけじゃなくて、研究費の不適切な請求も加味して懲戒解雇OKと判断されています。研究費の不適切な請求は以下のとおり。
==== 買った物 ====
・書籍
「ゴクミ 後藤久美子」
「体が硬い人のためのストレッチ」
「儲かる農業」
・物品
「アイボン」
「空気清浄機」
etc…
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Xさんは「幅広い教養を身につけるため」と反論しましたが、見事、撃沈しています。
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▼ バイク通勤を隠そうとしてたのか?
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Xさんが【バイク通勤を隠そうとしてたのか?】については、懲戒解雇の有効性を判断するときのひとつの情状になるので、両者激突しました。以下、裁判の一幕です。
大学
「Xさんは大学の駐輪場ではなく近隣の店舗の駐車場に止めていたんですよ。これは大学側にバイク通勤がバレるのを防ぐためだと思います」
Xさん
「違います。一時期、大学の駐輪場に止めていたのですが、学生から『新聞配達でもしているのか』とからかわれたので近隣の駐車場に止めることにしただけです」
スーパーカブに乗る60代、まぁ学生にイジられても不思議ではありませんね。
裁判所
「いや、説明に無理がある。大学側にバレないようにしていたと推認できます」
一蹴!
「解雇ダメ〜」のケースもある
他方、別の経路で通勤して定期代を浮かせていたのに「懲戒解雇はダメ」と判断した裁判例もあります。裁判所は理由として、不当な利益を得ようとしたとは言えない、不正受給の金額は15万1980円にすぎないなどを挙げています。
詳しくはコチラ
→“通勤定期券代”不正受給が発覚「解雇」された職員“無効”主張し会社を提訴…裁判所の判断は?
裁判所は、不正受給とひとくくりにはせず、どれだけ “悪質”なのかを検討しているようです。
他の裁判例
以下、懲戒解雇の「OK例」と「ダメ〜例」を挙げておきます。
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▼ 解雇OK
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・社内食堂で無銭飲食、ひとつのスタンプで2食分くらう
・勤務中に出会い系サイトでメールしまくり
・会社からウイスキー(山崎12年)をパクる
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▼解雇ダメ
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・チカン
・風俗で働いていたことを隠す(経歴詐称)
刑法に触れるから1発アウト【ってわけではなく】、裁判所はさまざまな事情を考慮して懲戒解雇がOKかどうかを判断しています。
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!
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