不動産営業マン“売り上げの50%”インセンティブ請求も… 裁判所が「契約合意書」偽造を疑った “決定的理由”
会社との合意書を偽造!?
社員が会社にインセンティブを請求も、撃沈した事件を解説します。
かいつまめば以下のとおり。
Xさん
「インセンティブ129万円を払ってください」
会社
「この合意書は偽造されています」
「Xさんが勝手に会社の印鑑を使って作成しています」
ーーー 裁判所さん、どうですか?
裁判所
「そうですね。Xさんがロッカーをブッ壊して印鑑をとった疑いが濃厚ですね。合意書は無効!」
ロッカーをブッ壊すRockerな事件でした。サブい韻を踏めたところで、早速見ていきましょう。(Oriental Kingdom Group事件:東京地裁 R4.12.6)(弁護士・林 孝匡)
※ 判決を簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
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▼ 会社
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・不動産仲介業も営む
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▼ Xさん(32歳くらい)
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・営業を担当(宅建の資格あり)
・中国国籍を有する
どんな事件か
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▼ Xさんが入社した経緯
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約3年前に社長と知り合い、食事をするようになりました。当時Xさんは不動産仲介の会社に勤めていましたが、社長と意気投合したのでしょう。社長の会社に転職することになりました。
しかし・・・わずか6か月で退職します。そして訴訟沙汰に。
ーーー Xさん、言い分は?
Xさん
「インセンティブ129万円を払ってもらっていません。『売り上げの50%をインセンティブとして払う』と約束したのに払ってもらっていないのです。合意書もあります」
ーーー 会社さん、反論は?
会社
「そんな約束していません。この合意書はXさんが偽造したものです。会社の印鑑を勝手に使って偽造しています」
ジャッジ
Xさんの負けです。
ーーー 裁判所さん、会社の印鑑が押してあれば合意書は有効なのでは? 民訴法にそんな条文があったような...
裁判所
「よくご存じで。たしかに、民事訴訟法228条4項にはそう書かれていますわな」
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民事訴訟法228条4項
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
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裁判所
「しかし! 『特段の事情』があるときは話は別です。今回のケースは『特段の事情』があるので合意書は有効に成立していません」
裁判所が合意書を否定した理由を見ていきましょう。
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▼ 入社時の書類に記載ナシ
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雇用契約書にはインセンティブに関する記載はありませんでした。さらに、社長がXさんに手渡した賞与規定にもそんな記載はありませんでした。書かれていたのは「半期の売上額が500万円を超えた場合に4%の賞与(3月・9月)」という記載くらいです。
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▼ ロッカーがブッ壊される!
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ある日、会社のロッカーがブッ壊されました。そのロッカーは暗証番号による鍵つきのロッカーです。左上のスペースには印鑑が保管されており【会社用・開放厳禁】と書かれていました。
破壊事件の詳細は以下のとおりです。
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6月28日 日曜
・Xさんは会社に出勤。会社に出勤したのはXさんだけ
6月29日 月曜
・Xさんは他の従業員よりも早く出勤
・ロッカーの周辺を掃除。
・その後、Cさんも出勤。掃除をスタート
・いきなり大きな衝撃音が!
・XさんはCさんに「掃除機のコードに足を引っ掛けて転んでロッカーにぶつかった。ロッカーの鍵を壊してしまった」と説明
・Cさんは社長にTEL。その状況を写真撮影
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ロッカーの損傷状況は以下のとおり。
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・印鑑保管ロッカーの鍵のところだけが壊れていた
・ほかに傷はへこみなどナシ
・鍵のつまみ部分がなくなっていた
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ーーー 刑事さ…、失礼! 裁判所さん、この事件、どう見ますか?
裁判所
「Xさんがロッカーを破壊して開け、ロッカーに保管されていた印鑑を利用するなどして本件合意書に捺印して偽造した疑いが濃いと言わざるを得ない。Xさんの主張はロッカーの破壊の態様と整合しておらず、不自然かつ不合理だ」
前日にXさんだけが出勤しており、破壊事件当日、誰よりも早く出勤していたことも理由のひとつになっています。
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▼ インセンティブ金額に抗議せず
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あと、裁判所はXさんが「インセンティブ金額に抗議してなかった」ことも理由に挙げています。売買契約を成立させた際、会社はXさんにインセンティブを払っていたのです。50%とまではいきませんが。
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2月分 12万円
3月分 4万円
6月分 9万円
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このとき、Xさんは何の抗議もしませんでした。「インセンティブは売上額の50%だ!」という抗議をしなかったのです。
裁判所
「抗議をしないのは経験則上、不自然である」
「あと、裁判中に言い分が変わってるから信用できない」
ーーー 言い分が変わってる?
裁判所
「Xさんは第1準備書面(1回目に提出した主張書面)では『口頭で抗議しました』と主張していました。しかし! その後の本人尋問では『インセンティブは半年に1回まとめて払ってもらうことになっていたので、そのときには異議を述べませんでした』と供述しました。主張が変遷しているのです。Xさんの主張をにわかに採用することはできません」
■ 補足
裁判所は主張の変遷にはチョー敏感です。ゼッタイに見逃しません。【主張変遷ハンター】と呼ばれています(呼んでいるのは私だけです)。
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▼ インセンティブのパーセンテージが高すぎる
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裁判所はパーセンテージの高さにも疑問を投げかけています。
・インセンティブ50%はかなり高い
・Xさんにとって極めて有利な内容
・会社がそのような合意をする経済合理性は乏しい
以上の理由などから裁判所は「Xさんが合意書を偽造した疑いが濃厚であり、合意が有効に成立したとは言えない」と判断しました。おおもとは、人がこけてぶつかったくらいで壊れる貴重品ロッカーなんかあるのか? ってことだと思います。貴重品ロッカーの戦闘力としてはサイテーですからね。
番外編
判決文を読んでると、裁判所はXさんを疑いまくっている印象を受けました。一般的には、ある争点で双方の主張が食い違っていて、証拠がなかった場合。裁判所は、てんびんにかけます。
その際、チョー丁寧に「どちらが重いか(=信用できるか)」を検討するのですが・・・今回の裁判では少し様相が違います。サラッと会社の言い分を信用してるんです。以下、判決文より引用。
上記判示をザックリまとめると「Xさんはこんな主張するけど、社長はそんなこと言ってないからXさんの主張は採用できない」と言ってます。
理由になってねー!w
裁判所は、ほかの争点でもXさんはほぼクロだからこの程度の認定でも問題なかろう、と考えたのかもしれません。
いったん疑われると裁判官の【疑惑スパイラル】が発動します。他の部分もウソじゃね? と思われてしまうのです。ご注意を。
おそらく懲戒解雇
仮にXさんが在職中に偽造して「インセンティブ払ってほしい!」と言った場合、偽造がバレれば懲戒解雇される可能性が高いでしょう。裁判所も「懲戒解雇OK」と判断する可能性が高いです。私文書偽造罪(刑法159条)が成立するので。
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▼ 懲戒解雇OKの裁判例
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刑法にあたりうる行為をして懲戒解雇OKになったケースは結構あります。良ければコチラもご覧ください。
・社内食堂で無銭飲食。ひとつのスタンプで2食分くらう
・会社からウイスキー(山崎12年)をパクる
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!
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