脂肪吸引で皮膚が「壊死(えし)」米医師に19億円の賠償命令 美容整形“エグすぎる失敗”は日本でも訴えられる?
今年8月。アメリカ・ワシントン州において、美容医療クリニックで美容整形手術を受け重傷を負った糖尿病患者の女性が医師を訴えた裁判が行われ、医師に対し1300万ドル(日本円約19億円)の賠償命令が下された。
ニューズウィークの報道によれば、クリニックの医師は、女性が糖尿病のため手術を受ける基準を満たしていなかったにもかかわらず2日間かけて脂肪吸引、腹壁形成術、アームリフト、豊胸手術を施行。
手術前に、糖尿病患者の施術では皮膚壊死を引き起こす可能性があること等を女性に伝えていなかったほか、糖尿病患者に必要な術前の検査や血糖値のコントロール、術後の感染症等にも対処せずに手術終了から30分後には退院させていたという……。
その結果、女性は手術から数日で胃と腕の皮膚が感染症で壊死(えし)する重傷を負い、手術中に皮膚を切り落としすぎたため傷跡も残ったとされる。また術後に女性が、治癒過程と傷跡について不安を訴えた際にも、医師は「治癒が遅いだけ」だと説明したという。
“高級外科”という看板を掲げていた美容医療クリニックで起きた今回の悲劇――。
裁判の結果、裁判所は医師の免許を停止。さらに医師に対し、女性の過去の損失に対する500万ドル、将来の損失に対する600万ドルを含む1300万ドルの賠償金を支払うよう命じた。
もし日本で同じ事件が起きたら?
糖尿病は「血流障害」「神経障害」「免疫機能低下」などを引き起こし、傷が治りにくく、感染症にもかかりやすいことがわかっている。
日本では、一部の美容医療クリニックがインターネットサイト上に、施術を希望する糖尿病患者に向けコラムを設置。しかし、各医療機関内でどれほど細やかな対応がなされているのか実態はわからない。
万が一日本で同じような事件が起きてしまったら、患者が医療機関や医師を訴えることはできるのだろうか。
美容医療の被害問題に注力する金鹿祥一弁護士は「日本の法律でも、このような事件の場合、医療機関を訴えることは可能だ」と話す。
「日本では、美容医療に限らず、患者が医療を受ける際、医療機関と『診療契約』を締結しています。
この『診療契約』は民法では規定されていませんが、裁判所の解釈によって多少異なるものの、同じ民法の『準委任契約』と解釈されることが多いのではないかと思います。『準委任契約』では、受任者つまり医療機関には、高度の注意義務があると規定されています(644条)。また裁判例でも、医師には患者にきちんと診療内容等を説明する義務が認められています」
さらに、診療中や診療後において“発生する可能性がある危険”を回避するため、「医師は患者にその対処方法を説明する義務がある(医師法23条)」と金鹿弁護士は続ける。
「本件がもし日本で起きた場合、医療機関がこれら民法や医師法に規定された義務を果たしていなかったと言え、損害賠償を求めることができると考えられます。なお、医療機関の注意義務違反は、端的に不法行為でもありますので、それによって生じた損害の賠償を求めることができる可能性もあります」
日本で医師を訴える“ハードル”
日本では医療機関や医師を訴えることは“ハードルが高い”というイメージがあるが実際にはどうだろうか。
前出の金鹿弁護士は「『医療機関・医師の義務違反を証明することの難しさ』がある」と指摘する。
「たとえば、本件で医療機関は、患者の持病を確認するという注意義務に違反していたと考えられます。術後の感染症対策を行わなかったことについても同じで、術後の説明も不十分であったと言うほかないでしょう。また、皮膚の壊死の可能性を事前に伝えていないことから、前述した医師法23条の義務にも反していたと考えられます。
こう聞くと医療機関・医師の義務違反が認められそうですが本件が日本で裁判になった場合、医療機関・医師は、当然上記のような義務違反行為はなかったとして争うことが考えられます。
日本の裁判には、当事者間に争いがある事項は、証拠によって証明しなければならないというルールがありますので、患者は医療機関の義務違反行為があったことを証明する必要があるのです」(同前)
そして医師の違反行為を患者が証明することは、「相当“ハードルが高い”」として金鹿弁護士は以下のように説明する。
「医療機関での診療や手術は、診察室等の密室で行われることが多く、患者にとって医師の説明がなかったことを証明するのは困難です。また仮にカルテが入手できたとしても、その内容を吟味するには医学的な知見が必要です。そのため、特に本件のような手術ミスや説明義務違反を証明することは相当難しいと考えられます」
さらに医療機関・医師の義務違反行為を証明できたとしても、今度は、その行為によって患者の症状が発症・悪化したという証明が必要になるといい、これにもかなり高度な専門性が必要だと続ける。
「こうしたことから、日本では医療機関や医師を訴えるいわゆる『医療訴訟』の件数が増えず、ますます“ハードルが高い”イメージに拍車がかかっていると考えられます。
他方、アメリカでは、証拠開示などの制度が整備されているため、証拠を探す手間が日本に比べて少なく、証明するハードルも日本に比べると高くないと考えられるため、医療訴訟が多いのではないかと思います」(金鹿弁護士)
弁護士が被害回復のためにできること
最後に金鹿弁護士は、アメリカで起きたような医療事故が日本国内で起きた際には、「被害に遭ってしまった方には、まずは『健康面』と『金銭面』で被害の回復に努めていただくことになります」と助言する。
「弁護士は、裁判、示談交渉、民事調停等で、医師の責任を追及し、『金銭面』の被害回復をお手伝いすることになります。
裁判はもちろんですが示談交渉などの場合でも、弁護士が患者に代わって、医師の責任を追及します。ただ前述した“高いハードル”をクリアするために、被害の回復には時間もかかります。そのため、もし被害に遭われた際は、いち早く弁護士に相談することが何よりも大切であると思います」(同前)
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