“殺人未遂”で逮捕された会社員が「休職命令」不服で会社を訴え“60万円ゲット” 裁判所の判断基準とは?
マンションの12階から消火器を“ブン投げた”社員の事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)
概要は以下のとおりです。
社員(以下「Xさん」)がマンションの12階から消火器を投げ落とす
↓
殺人未遂で逮捕
↓
会社が休職命令を出す(1回目)
↓
刑事裁判。略式命令を受けて科料を支払う
↓
会社が休職命令を出す(2回目)
↓
Xさんが「会社の一連の対応は違法だ」と提訴
↓
裁判所
「2回目の休職命令は違法です。合計60万円を払いなさい」
(プルデンシャル生命保険事件:大阪地裁 R5.6.8)
※ 争いを一部抜粋し簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
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▼ 会社
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・生命保険会社を運営
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▼ Xさん
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・ライフプランナー(生命保険募集人)
どんな事件か
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▼ 12階から消火器を投げる
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ある日の午後9時ころ。Xさんは、自宅マンションの12階の通路から1階の駐車場に向けて消火器を投げました。あぶねっ!
消火器は地上の立体駐車場の2階部分に衝突して、中庭に落下しました。消火器はブッ壊れて消火剤が周囲に飛び散りました。
落下した際、周りに人がいたんです。マンションの住人1人が中庭の駐車場に、警備員1人が中庭から延びる駐車場を巡回していました。一歩間違えば人が死んでいたでしょう。
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▼ 殺人未遂容疑で逮捕
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Xさんは殺人未遂容疑で逮捕されます。新聞、TV、インターネットで大々的に報道されました。新聞などでは「Xさんは『投げ落としたが人を殺すつもりはなかった』と供述している」と報道されました。
その後、勾留されましたが勾留が取り消され、逮捕から4日後には釈放されました。
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▼ 頭に血がのぼりやすい?
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話はそれますが、Xさんはおよそ7年前、会社から業務停止2週間の懲戒処分を受けています。頭に血がのぼりやすい性格だったのかもしれません。
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・ミーティングの進行を妨害
・上司に対する侮辱的または反抗的言動 3つ
・従業員に対する暴力行為 5つ
・従業員に対する粗暴または侮辱的な言動 7つ
・業務命令違反
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▼ 休職(1回目)
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Xさんは、会社から約5か月の休職命令を出されます。その後、Xさんは会社に書面を提出して「多大なご迷惑をお掛けしまして申し訳ございません」などと謝罪したのですが、その後、主張を一転。新たに提出した書面には「消火器を投げていない、釈放後も捜査機関から自白の強要をされるなど不当な捜査を受けている」などと記載されていました。
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▼ 刑事裁判
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Xさんは軽犯罪法違反の事実で起訴され、略式命令を請求されました(簡易な刑事裁判みたいなものです。その日に判決が出されます)。そして、Xさんには科料9900円の略式命令が出されました(やすっ)。Xさんは異議を申し立てなかったので正式裁判に移行することなく確定。Xさんは9900円を納付しました。
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▼ 休職(2回目)
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会社は2回目の休職命令に踏み切ります。今回は約4か月です。
その後、Xさんは復職します。
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▼ 業務停止、待遇停止
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すると会社はXさんに対して以下の処分を出しました。
・業務停止処分(2週間)
・待遇停止処分(一年)
社長杯入賞の対象外とされるなど、一連の会社の対応に納得できず、Xさんが提訴。
ジャッジ
裁判所
「2回目の休職命令だけ違法です」
「会社はXさんに、得られたであろう50万円と慰謝料10万円を支払いなさい」
順番に解説します。
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▼ 消火器、投げた?
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まずはここが争われました。
Xさん
「消火器を投げてないんです!」
裁判所
「投げたと認定します」
==== 理由 ====
・消火器が落下した3分前から1分前にかけて、Xさんはマンション敷地内に入ってエレベーターで移動している
・逮捕後の弁解録取書には「投げたことは間違いない」と書かれており、そこに署名指印している。
※ マメ知識:これに署名指印するとほぼ一巻の終わりです。
・勾留質問の時にも同じ回答をしている
・略指揮命令を受けて科料を納付している
====
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▼ 休職(1回目)
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裁判所
「1回目の休職命令はOKです。就業規則の休職事由『逮捕(中略)され、就業させることが不適当と認めるとき』に該当するからです」
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▼ 休職(2回目)
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裁判所
「でも、2回目の休職命令は違法です。会社は『前各号のほか、特別の事情があって休職させることを適当と認めたとき』に該当するとして休職命令を出していますが、コレに該当しないからです」
==== 理由 ====
・略式命令を受けた(=刑事責任は確定した)
・科料9900円を納付した
====
裁判所
「Xさんが就労することで職場の秩序維持や企業の社会的信用に大きな影響が生じるとはいえません」
ーーー 会社さん、不満があるようで?
会社
「Xさんは過去にも粗暴行為などによって懲戒処分を受けており、今回の“消火器ブン投げ行為”について、懲戒解雇が検討される状況だったので、就業規則の『特別の事情があって休職させることを適当と認めたとき』という要件を満たします」
裁判所
「いや、満たさないね。仮にXさんに対して重い懲戒処分が検討される状況にあるとしても、その調査および検討をすることと、Xさんがライフプランナーとして就労することは両立するからです」
というわけで、2回目の休職命令が違法と判断されました。
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▼ Xさんが得た金額
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休職してなければもらえた給料 50万円
慰謝料 10万円
最後に
懲戒解雇にしていたら会社が勝てたケースかもしれませんが、踏み切りにくいですよね〜。投げ落とした消火器が運よく誰にも当たっておらず、確定した刑事罰が軽犯罪法違反で科料がたった9900円ですもんね...。
会社は懲戒解雇も検討しているとして2度目の休職命令を出しました。同じような手続きを踏もうとしている会社はご注意を。同じ理由での2度目の休職命令は認められにくいでしょう。
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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