横浜・タイ人”返り討ち殺人”から1か月…”現場”のタイ料理店スピード再開に透ける多国籍街を生き抜く 「おきて」
11月2日夜、神奈川県横浜市中区若葉町のタイ料理店の前で、殺人事件が発生して1か月が過ぎた。
店の前に駐輪していた自転車を蹴られたことを注意した飲食店従業員のタイ人に対し、日本人らが集団で暴行。止めに入ったタイ人男性の仲間が刃物で反撃し、3人が負傷。そのうち1人が亡くなった。”タイタウン”とも呼ばれる現地へ足を運び、現在の周辺状況を探った。
タイ人側が一方的に殴られるなどの事件の様子が会員制交流サイト(SNS)で拡散されたことで、“加害者”となったものの返り討ちしたタイ人に同情する声も上がっていた事件。店に面する道路が現場となったタイ料理店は、店の関係者が逮捕されたこともあり、しばらくは閉店していた。しかし、事件からちょうど1か月となる12月2日に訪れると店内の明かりがともり、訪れた客がおいしそうに料理をほお張る姿も見られた。
タイ現地では殺人事件翌日の通常営業も日常
「もし店の関係者が絡んでいなければ、翌日からでも営業開始していたと思います。バンコクでは比較的安全とされるデパートで10月に銃乱射事件があり、2人の死者が出ましたが、翌日から普通に営業していましたからね。政府関係者が出席した式典も予定通り行われていました」。
こう話すのはタイ在住で、日本人向けのWebメディア『タイニュース・クロスボンバー』を運営するT氏だ。
「決して褒められたことではないですが、タイでは殺人事件が頻繁にあり、『死』が日常なんです。そこは日本とは比較にならない。私自身、子どもが通う学校のすぐ近くで発砲事件があり、死者も出ました。受け入れがたいですが凶悪犯罪を身近に感じています」とT氏は、タイ現地の治安の現状と文化的な違いを明かす。
”タイタウン”での事件は、タイ現地でも第一報は報じられた。だが、すぐに他の凶悪犯罪のニュースに埋もれるように、報道は途絶えたという。「私も事件の2日後にタイタウンの事件を取材しましたが、タイ人は普段は温厚でも、ひとたびケンカを売られればとことんやります。ケンカを売った相手が悪かったのかもしれません」(T氏)。
日本に居住するタイ人のほとんどは母国を離れ、稼ぐために来日している。同じように店舗を構えていても、そこで働く人の覚悟は生半可じゃない。「タイでは死んだら負け。逆に言うと、生きてさえいればなんとでもなる。上級国民(富裕層)なら殺人を犯しても簡単な取り調べだけで釈放されることすらあるんですから」(T氏)。
夜になると売春に男女立ちんぼが出没
夜も深くなると、タイタウン周辺の一角には、立ちんぼが出没する。すぐ隣の黄金町にはかつてちょんの間(※)街があり、主にアジア系の男女が売春で稼いでいた。だが、2005年に住民らが立ち上がり、警察の陣頭指揮で浄化作戦がスタートするとその数は激減。いまはその名残で細々と近辺に出没する程度のようだ。
※売春小屋。20分前後のちょっとの間でプレイを済ませることからこう呼ばれるようになった。
この日の夜、周辺を散策するとそれらしき人もいたが、常に警官が巡回しており、表立って声掛けしてくることはなかった。タイタウンのある若葉町周辺では、タイを中心とする外国人の男娼(だんしょう)が多く出没。大半は観光ビザで入国しているというが、この日はその姿を確認できなかった。
「タイは世界一ゲイカルチャーに寛容といわれる国ですから、日本でそうした行為で稼いでいても不思議はないですが、それほど需要があるのか…。タイ現地でやるより高単価で稼げるなら、さもありなんですね」とT氏。
タイの地方部なら男娼の相場は2000円前後ともいわれており、それ以上の値で成立するなら、観光ビザで入国し、短期で手っ取り早く稼ぐには悪くないのかもしれない。
コロナ後急増の男娼対策に警察は法令改正も視野
この日は遭遇できなかったが、現場では連夜、女装した男娼が客引きしているといい、警察も警備を強化している。一方で、売春防止法では男娼には十分に対処できず、神奈川県警は、11月29日の神奈川県議会本会議で、繁華街・歓楽街の環境浄化に向けた取り組みについての河本文雄議員からの質問に対し、直江利克本部長が県条例の一部改正も視野に対策を強化すると答弁している。
今年7月に改正された県迷惑行為防止条例には、公共の場における禁止事項として「売春類似行為をするため、客引きをし、又は客待ちをすること」(第9条(5))とある。ここに女性のみが対象となっている売春防止法にはない、「男」の文言が新たに加えられる可能性もある。
20年におよぶクリーン作戦で一変した隣町・黄金町
中区を流れる大岡川対岸にある黄金町の高架下周辺。付近を昼間に歩いた。ここはかつてのちょんの間街だ。
当時、売春宿として使われていた小屋は格安で貸しに出され、もはや怪しげな雰囲気はみじんもない。11月27日には、同地区の環境改善に取り組む「初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会」が発足20年を祝う式典を開いたばかりだが、その変わりようには、長年の取り組みが実を結んだことを実感させられる。
クリーンになった同エリアやタイタウンを含む横浜市中区には、1万7172人の外国人が居住する(2023年10月末現在)。これは横浜市18区中最多で、市全体の約15%になる。中国人を筆頭に、韓国、ベトナム、フィリピン、イギリス、ロシアなど多国籍で、タイ人は346人。これも市内最多だ。
ダークとクリーンがまだらに交錯する多国籍街の現実
戦前の問屋街から、裏風俗等で栄え、歴史のうねりに翻弄(ほんろう)されながらも、生きるための場所として多様な人種・人々が、多様な思想を抱え、それぞれがたくましく根を張る中区。
かつてのダークなイメージは、住民や県警の努力もあって、淡くクリーンな色に染まりつつある。だが、それぞれの人の中にはそれぞれの”一線”があり、そこを超えれば、均衡はもろくも崩れ去る――。
表立つことのない、暗黙のせめぎあいの中で、絶妙なバランスで成り立つ街。それがこのエリアの”らしさ”を醸成し、独自性となって訪れる人を魅了する。凄惨(せいさん)な事件からわずか1か月超で、そこにあるいつもと変わらない景色。それがこの場所の日常であり、現実だ。
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