「役職手当は残業代に該当しない」 新聞記者が会社を訴え“90万円”勝ち取る…「固定残業代」“法的アウト”の基準とは?
役職についてから残業代をもらえないんですけど事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)
ーーー ほんとに残業代ゼロですか?
Xさん
「はい。役職手当なるものが5万円ほど支払われていますが、残業代は出ません」
ーーー 裁判所さん、いかがですか?
裁判所
「この役職手当は残業代とはいえないね。残業代90万円支払いなさい」
(埼玉新聞社事件:さいたま地裁 R5.5.26)
以下、分かりやすく解説します。
※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
▼ 会社
・新聞の発行などをする会社
▼ Xさん
・営業職および新聞記者
どんな事件か
▼ 肩書がつくと残業代がなくなった
Xさんは、平成11年に入社し、肩書がつくまでは残業代がキチンと支払われていたのですが、肩書がつくと残業代が支払われないようになりました。代わりに支給されたのが【役職手当】です。
・役職手当
平成16年 主任 4万8300円
平成31年 主査 5万円
かなりの長時間労働に不満が爆発したのでしょう。Xさんは残業代の支払いを求めて提訴しました。
ジャッジ
裁判所
「役職手当は残業代とはいえない。Xさんに残業代90万円を払え」
会社はさまざまな反論をしたのですが撃沈しています。一部をご紹介します。
▼ 規定に書いてるじゃん
会社
「ちょっと待ってください! 役職手当は残業代に該当します。給与規定にそう書いてあるじゃないですか」
裁判所
「給与規定に書けばいいってもんじゃありません」
「支給されている手当が残業代にあたるかどうかは、以下の事情を考慮して判断します。この判断手法は最高裁で確定しています(日本ケミカル事件:最高裁 H30.7.19)」
・雇用契約の記載内容
・会社から労働者に対する説明(手当や残業代について)
・実際の労働時間などの勤務状況…etc.
裁判所
「会社の各種規定をみると、役職手当が当然に残業代の性質を有することは明らかとはいえない。給与規定の別の条項では〈役職手当は基準内賃金〉と書かれており、役職手当は残業代ではないと解釈できるからです」
というわけで、役職手当も基本給に組み込んだ上で残業代が計算されることになりました。ザックリ言えば【残業代=基本給×1.25】なので、役職手当が基本給に組み込まれることで残業代もアップするんです。
定額働かせ放題、撲滅
ここで基礎知識を。今回のXさんのように涙を飲んでいる方はいませんか?
「●●手当が残業代だって言われてるんだけど…すくなっ」
手当以外にも、
「ウチの会社は固定残業代だから…」
「どれだけ働いてもそれ以上の残業代は出ないんだ」
と涙を飲んでいる方が多いと思います。ほかの呼び方として【みなし残業代】【みなし残業手当】とかも言われています。
しかし! 今回のXさんのように残業代を勝ちとれる可能性があります。以下、OK例とNG例を示します。ご自身の契約書や給与明細と照らし合わせてみてください。
○ OK例
○ 月給25万円(固定残業代 2万円〈10時間分〉を含む)
○ 月給25万円(固定残業代 2万円を含む)
■ なぜOKか?
「この残業代は何時間分に対応してるんだな」と理解できるからです。上のケースのように金額と時間を書いてあると丁寧なのですが、下のケースのように金額だけでもOKというのが一般的な考え方です。「時給換算すれば何時間分かを計算できるでしょ」という考え方です。
× 基本給組み込み型のNG例
× 月給25万円(固定残業代を含む)
〈NGの理由〉
固定残業代はいくらなのか? 何時間分の残業なのか? ということが分からねぇ。
× 月給25万円(固定残業代3万円〈月45時間分〉を含む)
〈NGの理由〉
残業代を時給換算すると...666円。最低賃金に届いてねぇ。
× 手当型のNG例
今回のXさんのケースのように、手当として対応してる会社もあります。たとえば会社が「この営業手当は残業代のことだから」と言ってくるケースです。以下のケースで説明します。
基本給 23万円
営業手当 10万円
会社が「営業手当は月45時間分に相当する残業代なんです」と言ったとしましょう。でも、以下のような事情があれば無効になる可能性が高いです。
・営業手当が実質的に見て残業代として支払われていない
たとえば、営業さんの諸経費をまかなう意味合いが強かった
営業さん以外の残業には手当が支払われていない
・45時間を超えた場合に追加の残業代を支払っていない
基礎戦闘力アップ!
固定残業代が無効となるとアナタの基礎戦闘力がアップします。基礎戦闘力とは、むずかしい言葉で言えば【残業代の算定基礎となる賃金】のことです。上のNG例で解説します。
▼NG例(基本給組み込み型)
基礎戦闘力は25万円となります。会社からすれば「いやいや25万円は残業代を含んでるんだから基礎戦闘力はもっと低いですよ!」と言いたいところでしょうが、固定残業代が無効なので基礎戦闘力に組み込まれるのです。
▼ NG例(手当型)
基礎戦闘力は33万円となります(基本給23万円+営業手当10万円)。
先ほどもお伝えしたとおり、基礎戦闘力が上がれば残業代もアップすることになります。固定残業代 or ナゾの手当てが無効となったら、残業代は跳ね上がります。
OK例・NG例は厚生労働省のアナウンスにも書いているのでご参照ください。また、OKとなった以下の事件も合わせてどうぞ。
→社員「固定残業代の合意は無効」の訴えが退けられた理由 ポイントとなった“明確区分性”とは?
オマケ
Xさんの裁判。
会社
「ちょっと待ってください! 何十年にもわたり役職手当を残業代として払ってきたんですよ。従業員や労働組合はこの支払いを受け入れてきました」
ーーー 暗黙のルールってやつですね。裁判所さん、いかがですか?
裁判所
「んなルールは浸透してねぇ。たしかに会社側の証人は『当時の経理部長から役職手当は残業代である』との説明を受けたと証言してます。でもこの方の証言には特段の裏づけがないですし、ほかの従業員は違う供述をしているので、この方の証言を全面的に信用することはできません」
「会社は給与規定を改訂しようとしていながら現在に至るまで改訂できてないですよね。それも考慮すると、長期間にわたって役職手当=残業代との認識が全従業員との間で共有されていたとはいえません」
ずっと運用を続けてきたからといってセーフになるわけではありません。
相談するところ
定額働かせ放題で泣かされている方は労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。
労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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