「世界一不安で不満で不幸」な日本の労働者… 科学も示す「悲しき体質と不正」の “密”な関係
ジャニーズを皮切りに、宝塚、ビッグモーター、日大など、コンプライアンス違反に起因する企業・組織の悪辣な実態が次々と明るみになった2023年。人事および組織運営のプロとして、数多くの企業や組織を内部からもみてきた目には、こうした不祥事はどのように映ったのか。4人のプロフェッショナルに、組織が腐敗する元凶やそのパターンなどについて考察しながら、激動の1年を振り返ってもらった。第三回では、考えられない不祥事が起こる元凶を追求する。(#3/全4回)
絶対的権力者が奪う”思考”と判断力
会社に漂う抗えないような空気。どうすれば、個々が自分の意志を持って「これは違うんだ」と言えるような組織風土に変えることができるのでしょうか?
角渕 いま「組織風土」というキーワードが出ましたが、われわれコンサルタントからすると組織風土とか改革という言葉はよく耳にするのですが、うかつに使ってはいけない言葉だと自戒を込めて考えています。要は口で言うほど簡単なことではないんです。
今年の事例でいうとビッグモーター、それからジャニーズ。同列に並べてはいけないかもしれませんが、これとよく似ているのがナチスの支配下でホロコーストに加担した人々です。
ジャニー(喜多川)さんという絶対的な権力者が上にいたジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)、ビッグモーターであれば創業一族ですね。ナチスのヒトラーのごとく絶対的な権力者がいる体制下では、人は上から言われたことに対して逆らうことができなくなります。それは言い換えれば、思考停止状態になるということです。
思考停止、ですか。
角渕 有名な本で、ハンナ・アーレントというアメリカの政治哲学者が書いた、『エルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』という一冊があります。副題に「悪の陳腐さの報告書」とついています。アイヒマンはユダヤ人600万人大虐殺を指揮した男で、「悪魔」と呼ばれていましたが、実はどこからどうみても悪魔のような人間ではない。本を読めばそのことがわかるんです。
どういうことか。彼が問題だったのは“無思想性”だと。彼には思想がなかった、つまり、思考停止状態だったということです。
”彼は愚かではなかった。完全な無思想性―――これは愚かさとは決して同じではない―――、それが彼をあの時代の最大の犯罪者の一人にした素因だったのだ。このことが〈陳腐〉であり、それのみか滑稽であるとしても、またいかに努力してもアイヒマンから悪魔的な底の知れなさを引き出すことは不可能だとしても、これは決してありふれたことではない”(同書より引用)
要するにアイヒマンは、思考停止の凡人だったのです。能力がないわけではありません。でも悪魔のような悪人かというと、そうではなく、ただの凡人なんです。
「上から言われたからやりました」。そのことがどれだけ残虐かは考えようとせず、想像すらせず、思考を停めて、ただ言われたことをやった。それだけのことだったんです。
能力はあるけど思考停止の凡人というのは、いまの日本に蔓延している気も…。
角渕 ジャニーズ問題に関係した人、ビッグモーターの工場関係者、マスコミ…どの組織、関係者もみんな思考停止状態だと思います。目には見えない大きな圧に抗うことができなかったんです。
もちろん、ビックモーターにおいては辞めるという選択肢もありました。心ある人はそうしたでしょう。でも、残った人はやめられない事情がある人です。そうするともう従うしかない。どう考えても靴下にゴルフボールを詰め込んで、車をボコボコに叩くことが許されると思ってる人なんていないハズです。
おかしいとわかってはいるが、そこに頭を回さない、つまり考えることを放棄している。だからとんでもないことなのに、実行されてしまう…。
角渕 善悪の判断がなくなる思考停止状態。どうすれば、そんな組織になることを防げるのか。それは外からのガバナンスをかけるということが絶対に避けられません。
例えばナチスドイツの場合は連合軍に占領されました。それしか方法がなかったんです。あれは国家ですから。
ビッグモーターはいま、外から力が入ってますよね。ジャニーズの場合はBBCという海外の報道から指摘があり、重いふたが開かれ、問題が公になった。外からのガバナンスをかける。こういう組織の場合にはそれが絶対に不可欠です。逆に言えば、内側から改善するのは不可能といっていい。
新井 少し角渕さんの話に補足させてください。
なぜ日本人は自分が働く会社から逃げられないのか、辞める決断ができないのか、決められないのか?
実は日本の労働者は、「世界一不安で不満で不幸」と、国際的な労働機関からお墨付きが着くくらい辛そうに仕事している人種なんです。
原因として、脳内の神経伝達物質が不足しているところが大きいといわれています。詳しい説明はしませんが、日本人7割が最も不安を感じやすい遺伝子を持っている。逆にアフリカ人の多くが一番楽観的な遺伝子を持つため、楽観的、陽気だと言われています。つまり日本人は「まず不安を感じる人種」なんです。
そんな中で、さらにリスクマネジメントをしなければならないとなると、どうしても前向きでない仕事もそこには含まれてきます。リスクに対してなんとか対処しなければいけないという大前提のもと、基本的にやりがいも何も感じないような、つまらない仕事を組織の一員として一生懸命やらなきゃいけない。
ところがです。日本人は、たとえモチベーションが上がらなくても、不安だからやってしまう。さらにいえば、本当にすごく真面目だから、何も生み出さないような仕事にもそれを意思決定だと思ってしまう。そんな会社員が一定程度出ちゃうんです。
なんだか日本の先行きに明るい未来が見えません。
新井 でも裏を返せばそれだけ日本人は真面目なんです。どんなことに対しても、一生懸命取り組みます。これはすごい能力ですよ。だからこそ、日本企業のリーダーはそうした姿勢に報いないといけませんし、そういうリーダーであれば日本人の潜在力が存分に発揮されるということです。
報いる、励ます、仕事の意義をきっちり伝える。上に立つ者のそういう姿勢が大事なんです。
#4へ続く
【プロフィール】
新井健一
経営コンサルタント、アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役 早稲田大学卒業後、大手重機械メーカー人事部、アーサーアンダーセン(現KPMG)、ビジネススクールの責任者・専任講師を経て独立。人事分野において、経営戦略から経営管理、人事制度から社員の能力開発/行動変容に至るまでを一貫してデザインすることのできる専門家。著書は『働かない技術』『いらない課長、すごい課長』(日経BP 日本経済新聞出版)など多数。
一松亮太
経営コンサルタント、株式会社KakeruHR代表取締役。大手生命保険会社、銀行系シンクタンク、教育系スタートアップを経て独立。現在は、業務プロセス構築、人事制度構築等のコンサルティングに従事。その他、企業向けの研修講師として多数登壇。
角渕渉
経営コンサルタント・産業カウンセラー/アクアナレッジファクトリ株式会社代表 ソフトウェアハウス、国内系コンサル会社を経て、大手監査法人グループのKPMG あずさビジネススクールで講師をつとめる。2007 年にアクアナレッジファクトリを設立。「確かな基礎力に裏打ちされた『変化に柔軟に適応できる人材』の育成」をテーマに、各種ビジネススキル教育、マネジメント教育の研修講師として活躍中。
二野瀬修司
経営コンサルタント、株式会社ウィズインテグリティ代表。大手都市銀行、人材育成・組織開発を専門とする企業を経て独立。現在は、ファイナンスや人事制度構築等のコンサルティングに従事する他、企業向けの研修講師として多数登壇。
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