配偶者が認知症でも「ちょっと待って!」 口座残高80万円で「法定後見制度」の利用を司法書士がおすすめしないワケ
国立社会保障・人口問題研究所が公表した将来推計によれば、2025年、総人口に占める1人暮らしの割合は16%となり、「6人に1人が1人暮らし」となる。人生100年時代と言われて久しいが、家族がいても死別や子どもの独立などで、誰しもが「おひとりさま」になり得る時代でもある。しかし、自分や自分の親だけは「ボケない、死なない」と思っている人も多いのではないだろうか。
この連載では、そんな「おひとりさま」生活に備えて、体の自由がきくうち、頭がはっきりしている間に…まさに“今”から準備しておくべきことについて司法書士の太田垣章子氏が解説する。
第2回は、おひとりさまになる確率よりも高い「認知症」を配偶者が発症した場合、どのような事態が想定されるのか。事例とともに紹介する。(全5回)
※【第1回】「認知症」発症で“自分の銀行口座”がブロックのまさか… 「頼れる家族」なければ“最期”までお金を引き出せない絶望
※ この記事は太田垣章子さんの書籍『あなたが独りで倒れて困ること30』(ポプラ社)より一部抜粋・構成しています。
奥さんが認知症になった夫の“悩み”
5人に1人が認知症になってしまうといわれているのが、日本の長寿社会です。
それなのに日本人の大半は、自身が認知症になった時の備えをしていません。「自分に限って大丈夫……」と思っているのでしょうか?
私のもとに、ご相談に来られた山中さん(仮名・73歳)。
認知症で施設に入所してしまった奥さんの銀行口座から、お金を引き出したいと悩んでいました。
専業主婦の奥さんの口座。いったいいくら入っているのでしょうか。「だいたい80万円くらいですかね……」
これ以外、奥さん個人に資産はありません。
既に認知症になってしまって、もはや奥さんの意思を確認できる術がなくなってしまった今、奥さんの資産を使うには、法定後見制度を利用するしかありません。
裁判所に、法定後見の申し立てをすると、後見候補人がそのまま選ばれることもありますが、親族の意思にかかわらず弁護士、司法書士等が選任されることもあります。そしてその法定後見人が、奥さんの口座のお金を、奥さんのために使用していくことになります。
基本、親族の思いは反映されません。後見人がご本人のことだけを考えて、ご本人のお金を使っていきます。
もし山中さんが後見人に選任された場合、毎年奥さんのお金に関する出納帳のようなものを裁判所に出さなければなりません。実は、法定後見制度は、後見人にとっての負担も大きいので、諸手を挙げて賛成することはできない制度です。どうしても制度を利用するしかない、そんな時に仕方なく使う制度と思ってください。
だからちょっと待って。
80万円を使うためだけに、わざわざ法定後見制度を利用する必要があるのでしょうか?
妻のお金を引き出す前に考えるべき“自分のこと”
「別に妻の口座を使わなくても、施設の費用は払っていけます」
山中さんの場合、奥さんは専業主婦で、家庭の経済は全て山中さんのお金で賄ってきています。それならば、「奥さんの使っていない口座にお金が残っていることが気持ち悪い」だけで、そのお金を使わなくても生活に支障はありません。
それよりももっと重要なことは、山中さんご自身のことです。
奥さんがお亡くなりになるまで、山中さん自身が健康で頭もはっきりしているという保証はどこにもありません。
もし山中さんが入院するようになった時、誰が入院手続きをしてくれますか?
もはや奥さんを頼ることはできません。
もし山中さんの意思が怪しくなった時、誰が奥さんの施設の費用を払うのですか?
全ての会計を山中さんが担っているのですから、たちまち奥さんの施設はお金が払ってもらえなくなって困ります。
もし山中さんが先に亡くなってしまったら、誰が火葬の手続きをしてくれますか?
自分で棺に入ることもできないし、火葬のボタンを押すこともできません。ましてや遺された奥さんが亡くなった時、誰が手続きしてくれるのでしょう。
結婚していると、「相手がしてくれる」と安心してしまいますが、たとえ夫婦であったとしても、片方が認知症になってしまったら、その瞬間から「おひとりさま」です。夫婦が同時に亡くなることは少ないので、いつかは皆「おひとりさま」になってしまうのです。そのことに気付いていない人が、どれだけ多いことやら……。「おひとりさま」=結婚していない人ではないのですよ!
長年会っていない“姪っ子”に重要判断を任せることに?
さらに山中さんご夫婦には、子どもがいません。
長年会ってもいない姪がいるだけです。彼女がどこに住んでいるか、どのような生活をしているかも知りません。
それでも万が一の時には、日本は戸籍制度があるので、姪っ子さんにたどり着くことができます。日本では親族の意思が尊重されるので、その姪っ子さんがいきなり判断していかねばならないことになります。
どこの施設に入所させるのか、医療をどこまで求めるのか、どのような埋葬をするのか等々、姪っ子さんからしても叔父夫婦の意思も分からないまま判断を迫られるのです。そのような状態は、お互いにとって不幸なことと感じてしまうのは、私だけでしょうか。
もちろん亡くなる寸前まで、頭がはっきりしている方もいます。そんな奇跡的な人でも、自分の死後のことはできません。そして当然のことながら、自分で判断できなくなることの方が圧倒的に多いのです。その時のために、備えておきましょう。
自分の思いを叶えるために…
認知症になってしまうと、残念ながら自身のお金を自由に使うことができなくなります。
「こんな施設に入所したいな」「お金は、このことに使って欲しいな」
もしそんなことを考えていたとしても、備えておかないとただの妄想に終わってしまいます。
山中さんがすべきことは、奥さんの口座からお金を引き出すことではなく、ご自身に何かがあった時に、
・奥さんの施設の費用がちゃんと支払われる
・奥さんに万が一のことがあっても誰かが対応してくれる
・自分の入院手続きや費用の支払いをしてくれる
・自分が死んだ時の対応をしてくれる
まだまだありますが、まずは、このようなことに対して備えておくことが大切なのです。
仮に子どもがいたとしても、親のお金を自由に使うことはできません。
自分で判断ができなくなってしまった後、自分の思いを叶えてくれるように備えておくことが大切なのです。
◎まとめ◎
自分が認知症になる!ということを一度イメージしてみましょう
(#3に続く)
■太田垣章子(おおたがき・あやこ)プロフィール
OAG司法書士法人代表司法書士。専業主婦であった30歳のときに、乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。これまで延べ3000件近くの家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。常に現場へ足を運び、滞納者の人生の仕切り直しをサポートするなど、家主の信頼を得るだけでなく滞納者からも慕われる異色の司法書士でもある。住まいという観点から、「人生100年時代における家族に頼らないおひとりさまの終活」支援にも活動の場を広げている。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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