勝手な「自主退職」扱いに驚がく… ビッグモーターを訴えた元整備士が「全面勝訴」できた“アッパレ”な所作とは
解雇されたXさん。その後、会社から届いた離職票を見て驚愕(きょうがく)! そこには「労働者の個人的な事情による離職」と書かれていたからです。いや・・・解雇されたのよ。
Xさんが提訴。解雇は違法だし、離職票へのウソの記載も違法だ、と主張して損害賠償請求訴訟を提起しました。結果はXさんの全面勝訴。(ビッグモーター事件:水戸地裁 R5.2.8)
上司はXさんに「俺が今日ここに来た意味分かるよね? クビで。ということなんでさっさと荷物をまとめて帰ってください」と言ったと認定されています。
以下、わかりやすく解説します。(弁護士・林 孝匡)
※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
■ 会社
・ビッグモーター株式会社
(自動車等の販売や修理、解体などを行う会社)
■ Xさん
・車両整備士
事件の概要
▼ 工場長が不満を持つ
発端は、Xさんと工場長とのトラブルです。工場長が就任する前からXさんは、整備部門で修理工程の作成や工程の管理を実質的に取り仕切っていたのです。
工場長が就任したあとも、他の従業員や車検の受付などを担当する女性従業員は、Xさんの指示に従うことが多く、工場長は不満がたまっていきました。
「自分の意見が聞いてもらえない...」「阻害されている...」と感じた工場長は、エリアマネージャーに相談しました。
▼ 面談
エリアマネジャーと工場長はXさんと面談を行いました。両名からは、Xさんが自分の仕事を他の従業員に手伝わせる、車検の台数制限を行うなど、社内のルールを守っていないように見えたようです。
▼ どんな話し合いがあったか
Xさんの主張は、「工場長から呼び出されて部屋に入ったところ、エリアマネージャーから『俺が今日ここに来た意味分かるよね?クビで。ということなんでさっさと荷物をまとめて帰ってください』と言われた」というものです。
このXさんの主張を裁判所は全面的に信用しています。具体的には「他の事実と整合しており、面談時やその後の経緯に照らして不自然な点はなく十分合理的」と判断しました。
▼ 退職届は書きません
エリアマネージャーはXさんに「退職届を提出するよう」伝えました。しかし、Xさんは「自主退職ではないので退職届は書けない。弁護士に相談する」と答えて退室しました。
▼ 帰りなさい
面談の後、Xさんは店舗内で仕事をしていましたが、工場長から「帰るよう」指示を受けて退社。以後、出勤していません。
その後、エリアマネージャーは従業員との面談で「Xさんはクビだからもう出社することはない」と伝えました。そして会社は、Xさんが会社の基幹システムにアクセスできないようにする遮断措置を行いました。
▼ 退職手続き
その後、会社はハローワークに離職証明書を提出。ハローワークから離職票をもらい、Xさんにメールで送信しました。
▼ 離職票には驚愕の記載が!
離職票を見てXさんは驚きます。解雇されたと思っていたのに、自主的に退職したかのように書かれていたのです。記載は以下のとおりです。
・離職理由:労働者の個人的な事情による離職
・具体的時事情記載欄:一身上の都合により
しかも事業者が記入した、離職理由に関する異議の有無については「ナシ」と記載されていました。異議ありまくりだっつーの。
Xさんは損害賠償請求訴訟を提起しました。
裁判所の判断
Xさんの勝訴です。
▼ 解雇 or 自主退職
裁判ではまず、解雇なのか自主退職なのかが争われました。エリアマネージャーと工場長が証人として出廷し「解雇ではない。Xさんは自らの意思で退職した」旨の証言を行いましたが、撃沈。
裁判所はXさんの供述を全面的に信用して「エリアマネージャーがXさんに『クビだ』と伝えた」として「本件は解雇だ」と認定しました。
▼ 本件解雇は違法
そして裁判所は「本件解雇は違法」と認定。裁判所は「Xさんが自分の仕事を他の従業員に手伝わせたことや車検の台数制限を行ったことは認定できない。エリアマネージャーも尋問で『解雇が認められるとは思っていなかった』と発言していることに照らせば、本件解雇は違法」と判断。
▼ 離職票へのウソの記載
裁判所はコレも違法と判断しました。裁判所は「Xさんの失業は【非自発的理由による失業】だ。Xさんは会社に対して『解雇された』との認識を示していたのに、会社はXさんに対して離職理由について何ら確認することなくウソっぱち → 『労働者の個人的な事情による離職』『Xさんは離職理由に異議がない』と記載した。これは違法だ」と判断。
▼ なんぼ?
裁判所が認めた損害額は概要以下のとおりです。
・約377万円(6か月の賃金相当額)
会社からXさんへの離職票の交付が遅く再就職をするまでに少なくとも6か月は必要だった
・約33万円(離職票にウソの記載)
解雇による離職の場合、国民健康保険税について前年給与所得を3割として算定する軽減措置を受けられる。
最後に
もしXさんが退職届を書いていれば負けていたでしょう。退職届を出したあとに「無理やり書かされた。これは解雇です」と主張してもほぼ認められないからです。
Xさんの所作「自主退職ではないので退職届は書けない。弁護士に相談する」はアッパレです。読者の皆さまも、本件のような状況に追い込まれた時は同じような対応をオススメします。
オマケ
裁判例を1つ。「退職させていただきます」と言ったばかりに裁判で負けてしまった社員さんの事件です。
地裁では「退職の意思表示はなかった」として勝訴したのですが、高裁で「いや、退職の意思表示だろ」とひっくり返されて、勝ち取った500万円の返還を命じられました。このように「退職します」と言ってしまうと危険です。
→退職意思“翻意”で会社を訴え「500万円」ゲットも…控訴され「全額返金」命じられた臨床検査技師のトホホな末路
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!
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