週刊誌に性被害“告発”女性へ「最初に警察へ言え」批判は筋違い… 誹謗中傷“違和感”の正体を弁護士が解説
お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志氏が、飲み会で女性に対し性的行為等を強要したとの疑惑を報じた『週刊文春』の記事をめぐり、松本氏は22日、名誉を毀損された等として発行元の文芸春秋を提訴した。
松本氏の代理人弁護士は、「性的行為やそれらを強要した事実はなく、およそ『性加害』に該当するような事実はない」と主張。一方、『週刊文春』編集部は「一連の記事には十分に自信を持っています」とコメントし、徹底抗戦の姿勢を示した。性的行為や強要の有無、名誉毀損が認められるかについて、判断は司法にゆだねられることになった。
一連の騒動が巻き起こって以後、松本氏からの被害を週刊誌に訴えたA子さんら女性に対しては、希代のカリスマ芸人を“活動休止”に追い込んだとして、SNSを中心に「被害が事実なら警察に言うべき」「過去のことを今更言うなんて」「女性側にも芸能界に近づくための“下心”があったのでは」など、女性側の告発や当時の行動を責める書き込みが後を絶たない。
性犯罪の被害者支援に尽力する青木千恵子弁護士は、「こうした書き込みの投稿や拡散は、他の性暴力の被害者も傷つけている」として、これらの声に対して配慮を促す。
「警察に言うべき」に感じる“違和感”
青木弁護士は、まず「被害が事実なら警察に言うべき」という批判には違和感があると語る。
「犯罪被害者が必ず警察に届け出なければならないという義務はありません。『スリに遭ったけど、手続きが大変だから警察には行かなかった』という人に対して『警察に行ってないなら事実かどうかわからない』と非難する人はまずいないと思います。でも“性犯罪”に対してはよく言われます」
『犯罪白書(令和元年版)』によれば、性的事件の被害者のうち警察に被害を申告したのは14.3%にすぎない。青木弁護士は、性被害者に対し警察への申告を勧めるのは、実務家としても葛藤があると続ける。
「性被害はもとより被害を訴えにくい犯罪類型ですが、警察に申告すれば、調書作成のために被害の詳細な説明が求められます。着衣の提出や現場検証(事件の再現)など被害者に酷な捜査も多く、捜査中に取り乱してしまう人もいます。弁護士として必要な捜査だとわかっていますが、精神的にも身体的にも傷ついている被害者に対して『とりあえず警察に行きましょう』と簡単に勧められるケースばかりではありません」
警察への申告がなくとも病院の受診歴、相談機関・弁護士への相談記録、家族・友人への報告なども被害の証拠になり得る。そして、警察に行けなくても、病院に行くことが重要だという。
「体が物理的に傷ついていないか、病気をうつされていないか、女性は緊急避妊の必要はないか等を確認し、まずは自分の体と心を守ってほしいです」(青木弁護士)
「本人にもわからない」告発のタイミング
青木弁護士はさらに、「過去のことを今更言うなんて」との意見に対し次のように理解を求めた。
「性犯罪や『いじめ』が典型的ですが、被害者が被害を訴えることで『あなたも悪い』と非難されるのではと不安になる事案や、被害に遭っていることを大切な人に知られたくないと感じる事案では、被害を訴えるハードルが高いものです」(青木弁護士)
統計では、性暴力被害に遭った女性の約6割、男性の約7割が誰にも相談していないことが明らかになっている(令和4年版『男女共同参画白書』)。加害者の7割以上が被害者にとって顔見知りであることも、被害を訴えにくい要因といわれている。
ただ、事件当時、被害を口にできなかった人が、“未来永劫”誰にも話さないかというと、そうではない。
「私は性被害についての講演会をすることがあるのですが、講演会後に『実は私も(被害に遭っていた)』とお話しいただくことがあります。それも『20年前ですけれど』とか『30年以上前に』と。『これまで誰にも相談できなかった』と言う人もいます。何がきっかけになって、いつ誰に話そうと思えるか、被害を受けたご本人にもわからないものです」(青木弁護士)
女性にも“下心”があったのでは?
今回の報道をめぐっては、「芸能界のVIP」が来ると誘われて飲み会に参加した女性たちの側にも、“下心”があったのではないかと臆測をする書き込みも散見される。
「『仕事に有利かな』と思って参加する飲み会は、働く人の多くに経験があるのではないでしょうか。『有力者とお近づきになりたい』という野心は、非難されるべきものではないと思います」(青木弁護士)
ちなみに、飲み会の会場が「シティーホテルの一室」だったとしても、入室しただけで「性的行為に同意したとの誤解を招く行為」とは“認められない”という。
「シティーホテルは、ラブホテルと異なり性的行為を目的として入室することが予定されていません。さらに大人数で、同性もいる飲み会となれば、いざ性的な行為を求められても誰かが諫めてくれて断れると考える人がほとんどのはずです。民事事件でも、入室したこと自体が被害者の過失として評価される可能性は低いと言えます」(青木弁護士)
週刊誌へ告発、なぜ?
これまでの話からも、A子さんら女性たちが裁判で不利になる要素は見られない。ではなぜA子さんと弁護士は裁判ではなく“週刊誌への告発”という手段をとったのだろうか。
この理由について青木弁護士は「週刊誌報道が事実である」と仮定した上で、「強制わいせつ事件の要件」が関係しているのではないかと推測する。
「まず8年前の強制わいせつ事件であればすでに時効が成立しています。もし仮に、当時刑事事件になっていたとしても、強制わいせつ罪は〈被害者の反抗を著しく困難にする程度の暴行脅迫〉がなければ成立せず、週刊誌報道にある事実だけでは立件が難しかったと思います」(青木弁護士)。
しかし、松本氏とA子さんの関係は〈経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること〉に該当する可能性があり、2023年に改正された“現行法”では性的行為の強要があった場合、「不同意性交等罪・不同意わいせつ罪」が適用される。
「A子さんは、現在であれば、罪に問われる可能性のある行為をされたということを伝えたくて、週刊誌に訴えたのかもしれません」(青木弁護士)
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