市販薬で「パキる」若者の出口のない日常… オーバードーズ “常態化”に国の規制も強まる?

渋井 哲也

渋井 哲也

市販薬で「パキる」若者の出口のない日常… オーバードーズ “常態化”に国の規制も強まる?
新宿・歌舞伎町「トー横」に駆け付けた救急隊員の先には集団でオーバードーズ(OD)を行う若者ら(撮影:渋井哲也)

トー横と呼ばれる新宿・歌舞伎町の「シネシティ広場」では、近年、市販薬を飲むことでキマっている(パキっている)状態になり、そのままぐったり倒れ込んだり、意識が混濁して救急車で病院に搬送される若者を見かける。なかには、酩酊(めいてい)状態の中で自殺を図り、そのまま死亡してしまったケースもある。また、市販薬の販売(転売)・譲渡の容疑で警察に逮捕される人も出始めている。

誰もが購入できる市販薬の販売・譲渡での“逮捕”とはどういうことなのだろうか。そして、なぜ若者はODや市販薬の販売・譲渡に手を染めるのか。ODをめぐる実態を取材した。

「珍しい」市販薬の販売・譲渡での逮捕

警視庁は23年11月、トー横周辺に集まる若者たちに対して、市販薬を無許可で販売したとして、通称「パンダ」と呼ばれていた無職の男(21)らを医薬品医療機器等法違反(無許可売買)の疑いで逮捕した。男は若者に対し「俺がここらへんで一番安く売っている」などと話していたという。

日本の法律では、許可を得た者でないと“業として”医薬品を販売することを禁じているが、薬剤師の資格を持つ赤羽根秀宣弁護士は、こうした市販薬の販売・譲渡での逮捕について、「珍しいケース」としてこう語る。

「誰でも買える市販薬の販売や譲渡で逮捕されるケースは、私の記憶ではこれまでにほとんどありません。販売や譲渡での検挙でよくあるのは、無認可の医薬品を“がんに効く”、“新型コロナに効く”などとして販売する場合です。また、海外の医薬品を輸入して売買したとして逮捕されたケースもあります」

薬剤師資格も持つ赤羽根弁護士(弁護士JP編集部)

「パンダ」の事件では、販売を反復継続の意思の下行っていたことから、「“業として”販売をしたとみなされ逮捕に至ったのではないか」と、赤羽根弁護士は分析する。

同年12月には、新宿・歌舞伎町のホテルで市販薬の売買をしていたとして、医薬品医療機器等法違反の疑いで、都内に住む16歳の女子高生が逮捕された。女子高生は、せき止めの市販薬20シート200錠を正規の半額ほどの5000円で売買し、「歌舞伎町で最安値で売っている」などとSNSで投稿していた。

「この事件では2000錠の市販薬が押収されており、これも“反復継続”の意思がわかりやすいケースです。逆に言えば、誰でも友人などに市販薬を譲渡する可能性があるように、余っていた薬を一度だけ販売または譲渡したという場合では、たとえその薬がODに使われたとしても医薬品医療機器等法の観点からは警察は動きにくいと思います」(赤羽根弁護士)

市販薬ODの末、若者が亡くなった現場にはお菓子が手向けられていた(23年9月/撮影:渋井哲也)

「パキるだけで楽しい」市販薬ODが流行した背景

かつて不安や困難を抱える若者が依存対象にしていたのは「向精神薬」や「違法ドラッグ」などの入手が難しいものだった。しかし、市販薬はドラッグストアなどでも販売され、若者でも簡単に安く入手可能だ。そのため、近年一気に市販薬によるODが広まったと言われている。

高校生のときからトー横などの界隈に出入りするようになったサリナ(仮名、20代)は、男から薬を譲渡されたことがODを覚えるきっかけになったと話す。

「せき止め薬を配っている男がいて、ODについて教えてもらいました。ハマったわけではないけど、つい最近も、みんなで家に集まって、(せき止め薬で)ODパーティーをしました。でも、私の場合、気持ち良くならないんですよね。ただ、みんなで集まる手段です。特に何か話さなくても、パキるだけで楽しいから…」(サリナ)

一方、市販薬を無料で譲渡しているトシ(仮名、20代)がいる。譲渡している市販薬のほとんどが万引きして手に入れたものだという。

「最初は薬局で(せき止め薬を)買ってたけど、最近は基本的にいつもルパンしてる。ルパンって、万引きってことね。いちいち買ってたら、お金が持たないから。入手した市販薬を無料で渡す意味? それは、友達になる手段のひとつ。渡せば、界隈(の人間関係)に入れるし」(トシ)

トシは、市販薬を周囲に譲渡することで、トー横界隈にくる若者たちと話をするきっかけにしている。サリナも気持ちよくならないと言いながらODを続けている。OD自体が、人間関係をつくる手段になっている実態があるのだ。

まん延するOD、国は規制強めるが…

社会問題化している市販薬のODについて、国も規制を強めている。

不適正な使用によって依存が生じ得る成分が入っている「濫用等のおそれのある市販薬」について、国は2014年より、薬局や店舗等に対し、中高生等の若年者に販売する場合、名前などを確認し、一人一箱までなど販売量を制限するよう規制を設けている。

昨年4月1日からは、厚生労働省告示(第5号)をもって「濫用等のおそれのある医薬品」の指定範囲も拡大された。

さらに今、医薬品の販売制度を法律レベルで見直そうと、薬機法の改正議論が進んでいる。

「中でも『濫用等のおそれのある医薬品』の問題は、かなり力を入れて取り上げられています。おそらく警察もこの問題は注視しており、現行法でできる範囲で規制を強めているのだと思います」(赤羽根弁護士)

「トー横」が社会的に注目されたきっかけのひとつには、2021年5月に連続して起きた市販薬のODを伴った自殺があった。しかし、そのトー横では、今でも、市販薬のODが流行している。果たして、警察や厚労省の介入は、市販薬によるODを抑えるきっかけになるのか。

(国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部調査より編集部で作成)

「危険ドラッグが流行した際、国が規制を強め、販売をしにくくしたところ10代の危険ドラッグの依存者は激減しました。しかし、一方で市販薬や麻薬、大麻の依存者は増えました。市販薬も規制を強めれば、また別の薬物に手を出す人が出てくる可能性はあると思います」(赤羽根弁護士)

仮に、抑えることができたとしても、市販薬でパキる若者たちの心情や背景もきちんと見ていかなければ、抜本的な解決にはならないだろう。

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