“内定直前”のハシゴ外しで「慰謝料50万円」 裁判所が指摘した「期待権の侵害」とは

林 孝匡

林 孝匡

“内定直前”のハシゴ外しで「慰謝料50万円」 裁判所が指摘した「期待権の侵害」とは
11月に承諾書を提出も、翌年3月で職を失うことに…(nonpii / PIXTA)

こんにちは。弁護士の林 孝匡です。

壮大なるハシゴ外しを食らい、職を失ってしまった方の裁判を解説します。

ーー どんなハシゴ外しをされたんですか?

Xさん
「雇われることがほぼ約束されていたのに、ハシゴが消えました」

ーー 裁判所さん、鉄槌を。

裁判所
期待権の侵害だ。慰謝料50万円払え」

(学校法人東京純心女子学園事件:東京地裁 H29.4.21)

内定はチョー強いです。今回のように、内定に至ってないとしても「そこでハシゴ外しちゃダメでしょ!」と認定されれば期待権が発生することがあります。教授だけでなくビジネスマンにもあてはまります。関連記事も合わせてご覧ください。

※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

▼ 東京純心女子学園(以下「学園」)
・学校教育を目的とする学校法人

▼ Xさん
・別の医科大学に所属
・この学園には出向していた
・学園ではA学部設置準備室特任教授

事件の概要

▼ 俺んとこ こないか?
平成25年6月、学園はXさんに対して、氣志團バリのラブコールを送りました。すなわち、「近いうちにA学部が設置される予定だ。教授に就任してくれないか」と打診したのです。

12月の会議で配布された資料には、Xさんが「母性および小児分野の教授となる」と記載されていました。

▼ 教授に就任
Xさんは別の医科大学にいたのですが、平成26年4月、学園に出向するという形でA学部設置準備室の特任教授に就任しました。順調に話は進んでますね。

▼ 承諾書を提出
平成26年5月と11月、Xさんは「教員就任承諾書」を提出しました。

▼ 無事、A学部が設置される
平成26年12月、学園は、文科省からA学部設置の認可を受けました。平成27年1月には、文部科学省のウェブサイトに「A学部の教授:X」という旨の記載もされました。

▼ ハシゴを外される!
しかし! 1月17日ころ、学園はXさんに対して「学園に出向してきてからのアナタの働きぶりを見てきた結果、3月で終了です」と通知しました。寝耳に水です。

Xさんからすれば「おいおい! 2か月前に教員就任承諾書を出したところだし、学部が設置されて、文科省のHPに私の名前出てるじゃん! なのにいきなりハシゴを外すなんて極悪!」って感じだったでしょう。

▼ やむなく別の大学で働く
3月で職を失ったXさんは、やむなく4月から別の大学で働き始めました。

▼ 提訴
Xさんは提訴して損害賠償を請求しました。主張は「これは内定取り消しだ。内定が成立していなかったとしても期待権を侵害された」というもの。請求額は1166万円です。

ジャッジ

弁護士JP編集部

裁判所
「学園は慰謝料50万円払え。内定は成立してないけど、このハシゴ外しはダメ。Xさんの期待権を侵害してますな」

■ 解説
期待権の侵害とは、簡単に言えばハシゴを外すことです。すべてのハシゴ外しがアウトになるわけではありません。「そこまでしといてハシゴ外すなんて!」だけがアウトになります。難しい言葉で言えば、その期待が法的保護に値する程度に高まっていれば、ハシゴ外しはアウトになります。

ーー 裁判所さん、今回のケースはいかがでしたか?

裁判所
アウトなハシゴ外しですね。Xさんが、A学部設置に向けて勤務し、Xさんを教員とする教員審査において、Xさんを教員としてして採用しない旨の指摘を受けてはいないことから、A学部新設が認可された後においては、教授としての労働契約が確実に締結されるであろうとのXさんの期待は法的保護に値する程度に高まっていたと認定できる」

ーー 学園は、Xさんの働きぶりを理由としていますが、この点はいかがですか?

裁判所
学園の態度は誠実とは言いがたいですな! だって、学園は、学部設置認可に至るまで、Xさんに対して働きぶりについて注意などしていないじゃないですか。教員審査をパスしたのに、面接などの採用手続きすらとらず終了通知を出したことは誠実な態度とは言いがたい」

ーー Xさんは1000万円超え請求してますが、なぜ慰謝料50万円と認定したんですか?

裁判所
「Xさんは『採用されていれば707万円を得られていたはずだ』として請求していますが、そういう請求はできません。請求できるのは、あくまで【採用を信頼したために被った損害】に限られます。なので慰謝料50万円だけと認定しました」

▼ 内定取り消しが認定されていれば?
今回のケースでは、正式な手続きを踏んでないなどの理由で内定は成立していなかったと認定されました。もし内定が認定されていれば慰謝料額は上がっていたでしょう。

ほかの裁判例

下の記事で、内定の知識も押さえておいてください。

▼ 年間休日を聞いたら内定を取り消された
裁判所は「この内定取り消しは無効! 129万超を払え」と判断。詳しくはコチラをご覧ください。内定はチョー強ぇんです。
35歳転職者「年間休日」について質問したら、内定取り消し…「就業規則」も見せない“理不尽すぎる”会社を訴えた結末

▼内定者からの辞退は基本OK
内定はチョー強い契りなので会社がそう簡単には取り消せないのですが、内定者からの辞退は基本OKです。詳しくはコチラをご覧ください。
入社前日の「内定辞退」はアウトorセーフ? 不義理と“見なされない”基準とは

相談するところ

ハシゴを外されそうな方や内定を取り消されそうな方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア