通勤電車内で泥酔客から女性を助け“骨折”のヒーローも… 裁判所が「労災」認めなかった“余計なひと言”
こんにちは。弁護士の林 孝匡です。
電車内で女性を助けたヒーローの【悲劇】をお届けします。(中央労働基準監督署長事件:東京地裁 R5.5.30)
ーー 女性を助けたとは?
Xさん
「泥酔した乗客が女性にチョッカイを出していたので、注意したんです。すると飛び蹴りをくらわされて骨折しました」
Xさんは「通勤災害である」として労災申請しますが棄却。提訴しましたが、
裁判所
「通勤災害ではない」
乗客が誰も注意しない中、Xさんが勇気を振り絞って女性を助けたのに...。詳しくお届けします。
※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
▼ Xさん(男性・昭和43年生)
・ファミレスを経営する会社に勤務
・調理関係
▼ 泥酔してた乗客(以下「Yさん」)
・女性に迷惑行為をしていた
・おそらく50歳代
事件の概要
▼ 深夜の山手線にて
12月1日のことです。Xさんは深夜に仕事を終え、家に帰るために山手線に乗りました。午前0時35分ころの最終電車でした。Xさんはいつもどおりの経路で帰っていました。
▼ 泥酔してるオッサン発見!
ーー 迷惑行為って、どんな感じだったんですか?
Xさん
「Yさんはカナリ酒に酔っていて、隣に座っていた女性にカラんでいたんです。携帯電話を取り上げようとしたり、何回も顔を近づけたりしていました。女性は助けを求めている感じだったんですが、ほかの乗客が止める様子もありませんでした」
ーー そのオッサンを見て、Xさんはどうしましたか?
Xさん
「『何をしているんですか』と声をかけて電車から降りるよう言いました。Yさんは駅で降りました。そして「降りてこい!」と怒鳴ってきました。私は『そこで酔いをさましなさい』と言いました。そしてYさんから目を離して電車が発車するのを待っていました」
▼ 飛び蹴り!
Xさん
「すると突然、Yさんが電車内の私に向かって背後から左足に飛び蹴りを喰らわしてきたんです。私は電車を降りホームでYさんともみ合いのケンカとなりました。私はさらに暴行を受けましたが、私もYさんの顔面を2発殴り、組み伏せました」
▼ 骨折
Xさんは病院に搬送され、左のスネが骨折していることが判明しました。そしてその日から2月20日まで約2か月半、仕事を休みました。
労災申請するが無念
Xさんは「これは通勤中に起きたケガだから通勤災害にあたる」として労災申請しました。
しかし、労働基準監督署は「支給しない」と判断。理由は「その負傷は通勤に起因するものとは認められない」というものでした。
Xさんは裁判所に判断を仰ぎました。
ジャッジ
Xさんの敗訴です...。裁判所は「通勤災害にあたらない。なぜなら、Xさんのケガは通勤の中断中または中断後に発生したと認められるからである」と判断しました。
▼ 労災マメ知識
原則として、通勤中の事故については労災が下ります。以下の条文です。
■ 労災保険法 第7条2項
前項第三号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
(以下、略)
Q.
今回のXさんは普段どおりの通勤経路でケガさせられたんですから、労災が下りるのでは?
A.
いい質問ですね〜。実は、以下のシバリがあるんです。「移動を中断した場合は通勤災害とは認めない」という規定です。
■ 労災保険法 第7条3項
労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第三号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。
ーー 裁判所さん、通勤が【中断している】と判断した理由はどこにあるのでしょうか?
裁判所
「電車内で他の乗客に注意する行為が通勤行為にあたらないことは明らかだし、電車内で迷惑行為をするヤカラに遭遇することが日常的とはいえない。そういうヤカラを見つけた時の対応としては駅係員や警察に通報したり車内の非常通報装置を利用したりすることも考えられる。さらに、今回の事件はYさんが駅でいったん降りて、Xさんとの間でXさんも降車するかどうかのやりとりを交わしている。以上によれば、Xさんのケガが通勤中に発生したとしても、通勤との関連性は希薄であり、通勤の中断中または中断後にケガが発生したと認めるのが相当だからです」
雑感
残念な結果になりました。女性を守るためにXさんが勇気を振り絞ったのに...。わたし、思ったんです。「女性がチカンされてたらどうすんだ! 見過ごせってのか!」と。
そういうケースも考慮してなのか、裁判所は以下も付け加えています。
裁判所
「仮にYさんの迷惑行為を排除することが通勤を継続するために必要であり、または通勤との関連性を有する行為であったとしても、泥酔してたYさんは駅で一旦降りたんだからそこで迷惑行為という問題は解消されていた。その後にXさんが【さらに酔いを覚ますように申し向けた行為】は通勤と無関係の行為なので通勤による負傷とは認定できない」
「ひと言多かったよね...」という感じの付け加えをしています。難しいとは思いますが、相手から「降りてこいや! ビビってんのかオォッ!」などと挑発されても無視しましょう。
オマケ
ビジネスマンが遭遇しそうな労災関係の知識をお届けします。
■ 会社の飲み会後、事故にあったら、労災は下りるの?
→会社の新年会で「酒の飲み過ぎ」階段から転落し大けが…“労災”は下りる?
■ 接待ゴルフで事故にあったらどう?
→接待ゴルフ”は「仕事」なのに… 事故発生も“労災”認められないケースとは?
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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