月100時間超の残業も「管理監督者だから」賃金なし… 退職後、裁判で「1500万円」回収した元課長の逆転劇
こんにちは。弁護士の林 孝匡です。
「管理職って残業代もらえないの?」
それが争われた裁判を解説します。
ーー Xさん、顔色が良くないようですが...
Xさん
「月100時間を超える残業が続き、体調を壊して退職しました。会社が残業代を払ってくれないので提訴しました」
会社
「Xさんは【管理監督者】にあたります。なので残業代を支払う必要はありません」
裁判所
「シャラップ! Xさんは管理監督者じゃない。残業代860万円払え」
(日本レストランシステム事件:東京地裁 R5.3.3)
※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
▼ 会社
・レストランチェーンの経営などを行う会社
・正社員1351名、アルバイト9044名
・直営店舗数626店舗
▼ Xさん
・戦略本部所属の課長
・平成20年から約12年勤務するが...
・体調を壊して退職(令和2年8月)
事件の概要
Xさんはカナリ優秀な社員でした。入社して3年たったころには戦略本部に配属されました。
▼ 戦略本部とは?
会社における最重要部門で、しかも会長直轄の組織でした。主にビジネスモデルの構築、新業態・新メニューの開発などを行う部署です。Xさんはその部署内の戦略営業部の責任者となりました。
▼ 課長に昇進
会長がXさんの働きぶりを評価し、Xさんは戦略本部に配属された約6年後には課長に昇進します。
▼ とんでもない激務
そのころからXさんにとんでもない激務が襲いかかります。ある店の新規出店が急激に増えて人手が足りなくなったんです。Xさんは経営企画業務に加えて、現場に出て店舗業務もやるようになりました。シフトの作成や、アルバイトの指導教育、キッチン業務、ホール業務などです。
ーー かなりハードでしたか...?
Xさん
「当時、13店舗の店舗業務をするようになり、ほとんどの月で100時間を超える残業をしていました...」
▼ 会長に直訴
そのような働き方を約3年続けましたが、Xさんはついに心身に限界を感じます。そして会長宛の書面を提出しました。
ーー どんなことを書いたんですか?
Xさん
「長時間労働と慢性的な人員不足が原因で営業部全体が疲弊しきっていること、若手がワークライフバランスを崩してモチベーションを低下させていることなどを書きました。その4か月後には直属の常務にも『体力的に限界です...』と訴えました」
▼ 退職
しかし、会社は具体的な対策を打ってくれず...。Xさんは心身に限界を感じて2か月後には退職しました。
■ 提訴
Xさんは「残業代が支払われていない」として提訴しました。
ジャッジ
裁判所
「会社はXさんに残業代860万円を払え」
会社
「ちょっと待ってください! Xさんは【管理監督者】にあたります。なので残業代を支払う必要はありません」
▼ 説明
以下の条文です。たしかに【管理監督者】には残業代を払わなくていいんです。
■ 労働基準法 第41条
この章〜で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。 2号 〜監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
裁判所
「いえ、Xさんは管理監督者じゃありません。管理監督者にあたるかどうかは、3要素すなわち①業務の態様、権限、責任、②労働時間に対する裁量、③待遇などを実質的に見て判断します。その結果、Xさんは管理監督者じゃないと判断しました。順に説明します」
▼ 業務の態様、権限、責任
・たしかにXさんは、最重要部門である戦略本部で、会長から指示されたアイデアをもとに戦略を練り、常務と協議して、会長から承認を得たあとは実行フェーズに移すという経営上非常に重要な任務を行っていた。
・しかし、それは会長の考えを具体化する作業というべきであり、最終的には会長が重要な決定事項を決定していた。
・Xさんには社員を採用・解雇する権限はなく、人事権限は限定的だった。
・新規店舗の急拡大により慢性的に人員が不足し、Xさんは店舗業務に追われており、戦略本部の意思を実現するために従業員に指揮命令するというよりは、指揮命令される側である従業員側の労務が中心となっていた。
▼ 労働時間に対する裁量
・タイムカードで労働時間を管理されていた。
・ほとんどの月で100時間を超える残業を余儀なくされている。
▼ 待遇
・Xさんの給料は月額42万円/(年収700万円程度)だったが、これは、労働時間の規制を超えて活動することを要請されてもやむを得ないと言えるほどに優遇されていたとは言えない。
■ 理由
月100時間を超える残業に見合う手当やボーナスが払われてたとは言い難い。管理監督者ではないA店長の給与(最上位の店長は月額33万円)と比較すると、A店長が月100時間の残業をした場合には、45時間分の固定残業代が有効だとしても、残業代が相当程度発生するため、Xさんの月額42万円の給料を楽勝で超えることになる。なので、Xさんが非管理監督者と比べて厚遇されていたとは言えない。
裁判所は、以上のように3要素を吟味した上で「Xさんは管理監督者じゃない」と判断しました。この判断手法は確立されています。
■ お仕置き
裁判所はお仕置きとしてプラス649万円の支払いも命じています。付加金と呼ばれるものです(労働基準法114条)。裁判所が「残業代の不払いが悪質だなぁ〜」と感じれば命じます。金額は裁判官が自由に決めます。今回の金額は裁判所がけっこう怒ってると思います。
ほかの裁判例
▼ こちらの事件もどうぞ。
令和5年の事件です。今回と同じく裁判所は「管理監督者じゃない」と判断。残業代900万円の支払いを命じました。
→“管理職”には「残業代を払わない」… 納得できず会社を訴え “912万円”ゲットの内訳
雑感
裁判所に持ち込まれているのは氷山の一角だと思います。Xさんのように、残業代をもらえていない人はカナリいるでしょう。
ちまたの会社では「チミは管理職になったんだから残業代ナシだからね!」というワードが乱舞していますが、ほぼ違法です。管理職=法律上の管理監督者ではありません。裁判所では上記の3要素を検討して管理監督者かどうかが決定されます。
そして、管理職で残業代をもらっていないアナタは、裁判所に持ち込めば残業代を獲得できる可能性が高いと考えます。
相談するところ
会社を辞めてからになると思いますが、残業代を請求する方法としては、労働局があります(相談無料・解決依頼も無料)。
労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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