15分以内の“遅延”は「遅刻」扱いなのに「残業」にはルーズ… 会社の勤怠「ダブル・スタンダード」はなぜ許されるのか
4月から企業に入社する新社会人たちは、「遅刻には厳しい」が「残業には緩い」という日本企業の特徴に戸惑うことになるかもしれない。
SNS内にも「遅刻を見越して時間守って定時に出勤して、帰りは定時守らずに残業してもオッケーな文化どうにかならんか?」「数分の遅刻は怒られるのに、数時間単位の残業は良しとされる世界無理すぎて笑う」と労働者たちの嘆きが日々投稿されている。
「社会人なら就業時間の10分前には職場に到着するのが当たり前」という価値観は現在にも残っており、たとえ電車が遅延しても10分や15分以内の遅延なら「遅刻」として扱う企業は多い。
一方で、「社会人なら多少の残業は当たり前だ」という価値観も根強い。30分や1時間程度なら残業として申請することができず、労働時間にカウントされず残業代が支払われていない労働者も多く存在する。
「残業することは当たり前」、始業時間も守られない
「働き方改革」関連法案が2019年に施行されてから5年が経とうとする。2023年11月にオープンワーク株式会社が発表した「日本の残業時間」定点観測データによると、2023年4月から9月の日本全体の平均残業時間は月当たり約23時間であり、2014年の集計開始以降最も少ない残業時間を記録した。
それでも、日本の平均労働時間はヨーロッパ諸国よりも長い。休日に仕事を持ち帰って家で残業をする「見えない残業」も問題視されている。
日本で残業時間が長くなる背景のひとつには、「他の人たちが残業しているのに先に帰ることは許されない」という労働者たちの“同調圧力”の存在もあるだろう。また、「会議がある日は帰るのが遅くなるのは仕方がない」など、そもそも残業をすることが“当たり前”だと見なされる文化もある。
始業時間については、「制服の着替え時間は労働時間に含めない」というルールを設けている職場はいまだ多く存在する。さらに、「始業時間は9時からだが、参加必須の朝礼は8時50分から」という職場もあるようだ。
始業時間に厳しく残業時間に緩い「ダブル・スタンダード」
労働時間の計算にルーズな企業も多い。1月には、回転ずしチェーン大手「スシロー」が5分未満の労働時間を切り捨てて計算していたことについて、労基署が是正勧告を行ったと報じられた。
「日本人は外国人に比べて時間を守る」と言われることもある。だが、仕事に関しては、労働者が開始時間を守っても企業が終了時間を守っていない現状がある。海外から働きにきた人たちが、労働時間に関する日本企業のダブル・スタンダードに疑問の声を上げることも多い。
労働者にとって不利、企業にとって有利な日本の職場の現状は法律的に問題がないのだろうか。労働法に詳しい伊﨑竜也弁護士に話を聞いた。
電車の遅延で遅刻したのに、会社側に「○○分以内の遅延は遅刻として扱う」とされて、その間の給料が発生しなかったり人事評価に響いたりするのは理不尽に思えます。法律的には、会社側の対応に問題はないのでしょうか。
伊﨑弁護士:結論からいえば、給料を払わないことも、人事評価で考慮することも、問題ありません。
給料に関しては「労働者は労働をした後でなければ、会社側に対して給料を請求できない」という「ノーワーク・ノーペイの原則」が存在します。ただし、これはあくまで「原則」であるため、例外もあります。
たとえば、会社側に不当解雇された場合や不当な休職命令を受けた場合など、労働者には何らの非もないのに会社側が働かせてくれない場合には、労働者は実際に働いていなくても、会社側に給料を請求することができます。このような場合には、会社側に非があるためです。
電車遅延の場合には、労働者にはもちろん非はありませんが、一方で、会社側にも非はありません。双方に非がない場合は、「ノーワーク・ノーペイの原則」が適用されて、会社側は遅刻分について給料を支払わなくてもいい、ということになるのです。
会社側がどのような人事評価をするかについては、会社側に広い裁量が認められています。明らかに不合理で、会社側が人事権を濫用したと評価されるような人事評価でないかぎり、不当な評価とはいえません。
電車遅延の場合、遅刻した労働者に非があるわけではないですが、一方で他の労働者は定時に出社して働くことができているのなら、電車遅延で遅刻した労働者について人事評価で不利に扱うことが「明らかに不合理」とはいえないでしょう。
着替え時間や朝礼時間の扱いは?
「着替え時間は労働時間に含めない」「朝礼が始業時間の前に含まれる」などのルールを設けて、実質的に労働者に始業時間よりも早く出勤することをなかば強制している職場もあります。このようなルールを設けることは、法律的に問題はないのでしょうか。
伊﨑弁護士:労働時間とは「労働者が会社側の指揮命令下に置かれている時間」のことです。
会社側が独自にルールを定めているとしても、客観的に見て労働者が会社側の指揮命令下に置かれている場合は、その時間は労働時間にあたります。
着替えについては、会社で制服が定められているなど、業務に従事するために着替えが必要不可欠であれば、労働時間に含まれるといえます。
朝礼についても、出席が義務として定められている、または事実上義務となっているのであれば、労働時間に含まれます。
したがって、着替え時間や朝礼時間を労働時間に含めないことは、その時間分の給料を支払っていないことになるため、法律上の問題があります。
会社側がこのような定めをしている場合、労働者は会社側に対して、その時間分の給料を請求することができます。
早出や残業をしている同僚からプレッシャーをかけられたり先に帰るのが気まずく思ったりすることが原因で、自分でも早出や残業をしてしまう労働者がいるようです。このような状況を放置することについて、企業側に法律的な責任は発生しないのでしょうか。
伊﨑弁護士:業務のために必要ではない残業については、原則として、会社側は残業代を支払う必要はありません。
実際に、残業を許可制にしている企業や、そもそも禁止している企業もあります。その場合も、原則として残業代を支払う必要はありません。
しかし、残業が常態化していて、会社側がそれを認識しているのに、何も対策せず放置している場合には、「黙示的に残業を命じている」と判断されたり「残業を許可している」と判断されたりする可能性があります。このような場合には、会社側は、労働者に残業代を支払う必要があります。
また、労働者側と会社側が三六協定(※)を結んでいても、残業時間が一定時間を超えた場合には、会社側に罰則が与えられる可能性があります。
さらに、長時間労働が原因で労働者が病気になった場合などには労働災害が認定され、高額な損害賠償金を支払わなければならない可能性もあるのです。
※三六協定……企業が法定労働時間を超える時間外労働や休日労働を従業員に命じる場合に、労働基準監督署に届け出ることが義務付けられている、従業員の代表者などと結ぶ協定。名称の由来は、労働基準法第36条で定められていることから。
「三六協定を締結しているなら残業には何の問題もない」のか
企業の人事の立場から「遅刻は労働契約違反だから厳しく対応されても当然だが、三六協定を締結しているなら月45時間以内の残業には何の問題もない」といった発言がされることもあります。この認識は、法律的に正しいのでしょうか。
伊﨑弁護士:給料の金額は「始業時間から就業時間まで働くこと」を前提に定められています。
始業時間に遅れてしまった場合には「ノーワーク・ノーペイの原則」によって、会社側は労働者に対し、遅れた時間分の給料を支払う必要はありません。そういう意味では、遅刻が厳しく対応されるのは仕方がないといえるでしょう。
一方で、残業の場合には、終業時間を超えて働くことを命じられることになります。
労働者としては、「労働者は始業時間を守らないといけないのに、会社側は終業時間を守らなくていいのは不平等だ」と感じるかもしれません。
しかし、三六協定を締結している場合でも、労働者に残業させた場合、会社側は残業代を支払う必要があります。
遅刻した場合はその分の給料が払われないが、残業した場合はその分の給料は払われるので、給料の点では、労働法は平等な考え方をしている、ということになるのです。
なお、三六協定には「残業をさせても労基法違反にはならず罰則を受けない」という効果はありますが、残業代を支払わなくていい、というものではありません。
会社には残業代を支払う義務がありますし、裁判で支払いを命じられた場合には「付加金」といって、本来支払うべき残業代に上乗せした分を支払わなければならない可能性があります。
始業時間と終業時間に関して労働者が不満を抱く背景には、「始業時間には厳しいのに、残業代はちゃんと払わない」など、会社側の態度にも原因が存在する場合もあるでしょうね。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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