「がん再発の恐れ」も保釈認められず5か月の勾留で転移 無罪訴え亡くなった税理士遺族が語る“人質司法”の実態

弁護士JP編集部

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「がん再発の恐れ」も保釈認められず5か月の勾留で転移 無罪訴え亡くなった税理士遺族が語る“人質司法”の実態
相嶋静夫さんの長男とともに拘置所病院の対応について語る中村よし子さん(3月6日東京都内/弁護士JP編集部)

「大川原化工機」の冤罪事件で、勾留中に見つかった胃がんによって亡くなった同社元幹部・相嶋静夫さんの遺族らが、がんが見つかった後も拘置所で適切な治療を受けられず死期が早まったとして国に1000万円の賠償を求めている裁判は、21日に判決が言い渡される。

刑が確定していない「未決拘禁者」が病気に罹った際に、適切な治療を受けられない留置場や拘置所の医療体制の劣悪さについて、声をあげているのは相嶋さんの遺族だけではない。

2016年に破産法違反の共同正犯として逮捕、約5か月間にわたり勾留された税理士中村一三(かつぞう)さんの妻、中村よし子さんだ。勾留中にがんが再発・転移した一三さんは、逮捕から一貫して無罪を主張し続けたが、上告を決めた日に亡くなった。

がん再発の危険性を訴えた、たび重なる保釈請求にも応じず、適切な治療や検査を行わなかった検察および拘置所医療の対応について、よし子さんは「主人の死を待っているようだった」と振り返る。

「2か月に1回」通っていた、がん再発予防検査

日本税理士会常務理事を務めていた一三さんは、破産法違反(虚偽説明)を理由に刑事告訴され、共同正犯として2016年10月20日に逮捕された。

逮捕当時の新聞記事では、警視庁捜査2課は、元顧問先の破産を見越した一三さんが「虚偽の説明用の書類作成などを社長らに指南したとみている」と報じられている。しかし証拠はなく、先述の通り、一三さんは逮捕時から亡くなるまで一貫して無罪を主張していた。

逮捕の5年前にすい臓がんを患った一三さんは、すい臓と脾臓(ひぞう)を全摘した。余命2年と宣告されながら、投薬とインスリン注射を欠かさず、忙しい税理士業務の中でも日々の食事に気を使いながら生活していたという。

全摘手術の後、一三さんの右肺には小結節影(X線検査などで見つかる小さな丸い陰影)も見つかっていた。よし子さんは「がん化しなければいいね。必ず病院に来て検査受けてねという風に(主治医に)言われていたので、(一三さんは)2か月に1回は大学病院に通い検査を受けていた」と説明する。

そんな矢先に起きた突然の逮捕。一三さんは警察署に連行され、100日間の接見禁止となった。

刑務官が検察官に「この人を殺すつもりか」

検察の対応を象徴する出来事が、一三さんの「被疑者ノート」(※)に書かれていたとよし子さんは語る。

※被疑者が取り調べの状況や内容を記録しておくために日本弁護士連合会が発行している冊子

逮捕から1週間後の10月28日のノートに、「インフルエンザで胸がいたい 40度」と書かれていた。

しかし、高熱が出ても取り調べが行われ、取り調べ中に意識不明になり倒れてしまったことや、救急車は呼ばれなかったこと、自力で歩けない一三さんを取調室から刑務官が担いでくれたこと、刑務官が検察官に対し「あなたたち、この人殺すつもりか」と言ったことなども記されていた。

よしこさんによれば被疑者ノートには、検察官から「ここ(供述調書)にサインすれば出してやる」と言われ、自白の強要が伺われる内容も書かれていたという。

「真実を曲げることは許せない人だった」(よし子さん)一三さんは、こうした強要をはねのけ続けた。しかし、同時に逮捕された被疑者が自白(よし子さんはこの自白についても強要があったのではないかと感じているという)、一三さんは起訴された。

拘置所の医師「無罪を主張してると保釈は厳しい」

一方、「適切な検査と治療」の必要性を訴え、主治医による診断書も提出した上で、よし子さんらは計7回の保釈請求を行っていた。

保釈を要求する署名も1週間で約5000人分が集まったという。

「お得意さんや地元の人が先生が悪いことするわけないと集めてくれました。命が危ないから助けてくれと。それを検察に出したんですが、無視されました」(よし子さん)

裁判所が保釈を認めた際も、検察側が「証拠隠滅の恐れあり」と控訴したといい、結局、公判が始まっても勾留は続けられた。

警察の留置所から拘置所の病棟に移された一三さん自身も、巡回の医師に何度もCT検査などがんの検査を依頼していた。しかし、被疑者ノートには、医師から「僕は(がんの)専門外なんだ。CTもここでは撮れないから、専門医に行った方がいい。でも、無罪を主張してると保釈は厳しい」と言われたことが残されていた。

また、夜中に起こる低血糖症状と意識障害など死の恐怖におびえる一三さんに対し、主治医がブドウ糖ゼリーを搬入できるように手配しても、検察が却下したという。

逮捕から約5か月後、ようやく保釈された一三さんは、逮捕時に84キロあった体重が61キロまで減っていた。肺の小結節はがん化、左大腿(だいたい)骨にも転移していた。

“生きる権利”無視する司法

第一審で、一三さんには80万円の罰金刑が言い渡された。156日間の勾留で40万円分が差し引かれ、正式な罰金額は40万円だった。検察の求刑は実刑1年だったという。

「命かけて、(がんを)再発させられてしまった。たった40万円の罰金のために、こんなにやられたんだと思うと悔しい。それでも罪は事実ではないし、許せないと控訴しました」(よし子さん)

しかし、控訴審も原判決を維持した。「上告しますか?」という弁護士からの連絡に対し、「します。お金の心配しないでいいからやってくれ」そう伝えたその日の夜、一三さんは息を引き取った。享年73歳だった。

よし子さんは、留置所と拘置所内での対応が一三さんの死期を早めたとしてこう語る。

「主人はすい臓を摘出して2年の命と言われても、徹底した治療と食事療法で生きていたんです。拘置所内でもがんの治療や検査をきちっとしてくれていれば。人質司法(※)による156日間の勾留は、私たち家族にとって間接的殺人と言っても過言ではありません。憲法で保障されている権利(生存権)が法律を扱う人たちに無視されているのです。せめて、検察をチェックする機能が裁判所にあったらと、そう思います」

※長期間にわたり身柄を拘束し自白を迫るなど、被疑者・被告人の身体を人質にして有罪判決を獲得しようとする日本の刑事司法制度を批判する用語

認められている「適切な措置」受ける権利

国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」が報道をもとに調査したところ、昨年全国の留置施設および刑事施設内での「未決拘禁者」の死亡事例は22件に上ることがわかった。23歳の男性が、体調不良を訴えた翌日に意識不明となり病院搬送後死亡した事例などもある。

ヒューマン・ライツ・ウオッチが調べた2023年に起きた「未決拘禁者」の死亡事例一覧(弁護士JP編集部)

冒頭の大川原化工機・相嶋静夫さんの拘置所医療をめぐる裁判で、国は「拘禁の性質上、医療に関する患者の自己決定権はある程度制約される場合があることはやむを得ない」「必ずしも希望する通りの医療行為がされるものではない」と主張している。

しかし、留置施設における医療について、法律では「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする」と定められている(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第199条)。

司法は“拘置所医療”の実態をどう受け止め、判決を下すのか。注目が集まっている。

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